深刻な収容違反
「「…………本気で言ってたのか!?」」
収容施設の廊下で二人分の声がこだまする
一人は僕で、もう片方は僕と向かいながら立つ少年だ
僕は咄嗟に、彼の後ろに広がる真っ白で巨大なな収容区域に少年を押し込もうと思った
だが、観測結果が確かならば、彼の躰内温度は4,500℃以上にもなる
手立てが存在しなかった
「違うんだよ」
「ええと………」
自分の愚かさに腹が立つ
そもそもこれは、彼に説明する意味が有る事なのか?
色々な事が焦りと共に脳裏を過ったが、彼をどうにかして区域に戻らせるため、僕は本当の事を話しながら会話を長引かせる事にした
「施設内の管理ってハイテク化され過ぎてて、実際この仕事って暇でさ」
一糸も纏わない少年の黒曜石めいた肌に、断続的に鋭い発光が走る
これは精神の安定を意味する光り方だった筈だ
『何も知らされていないならば』僕は思った
『まるで、ひんやりした感触にすら視えるだろうな』と
「………で、今日って暑いじゃん?」
少年は相変わらず灯台の様な優しい発光を繰り返しながら、何も言わずに僕を視詰めていた
「アーカイブを検索しながら、『ひんやりする美少女』ってのが居るらしくて……それを探してたんだよ」
「要するに君の逆だ、躰の深部に冷却器官を有していて………」
少年の発光する感覚が狭まり始めていく
施設内の収容生物の総てについて、僕は知っている
でも、これは知識が無くても解る
危険なやつだ
「待って」
中腰になりながら、両手を前に出して制するポーズを取る
「大丈夫、君にそんなハラスメントをしたい訳じゃ無いんだ」
少年が苛立たしげに片足で床を踏み付ける
拳銃の様な音と共に床が砕け、破片の一つが僕の眼鏡を弾き飛ばした
拾おうかとも思ったが、こういう時に対象から眼を逸らすのは大変危険だ
それで生命を喪った職員を僕は相当数知っている
───彼が本当に僕を手に掛けるつもりならば、既に行っている筈だ
僕は会話を続けようと思った
「…………収容区域内での暮らしは、孤独なものだった」
少年が口を開く
僕は額の脂汗を拭いもせず、彼の艷やかな唇が動くのを視詰めた
「心は痩せていくばかりだ」
「そうした折に貴方から『逢いたい』と情熱的な言葉で幾度も乞われ、僕の心にそれまで無かった感情が芽生えた」
言い終えると、少年は険しい表情で僕を視る
怯えを視せてはいけない状況だったが、思わず足が後ずさる
「『ハラスメントをしない』と言ったな」
「…………しろ、今すぐだ」
少年が僕の手首を掴む
自分の躰が灼ける、二度と聞きたくない様なおぞましい音が躰の内側と外側から聞こえた
頭が痛みの事しか考えられなくなり、涙と唾液が溢れ返る
地獄の様な瞬間は、僕の苦悶を視た少年が、怯えながら慌てて手を離す事でようやく終了した
その際に掴まれた部分の皮膚を総て喪ったが、些事だった
僕は立っていられなくなり、うつ伏せに崩折れると躰を虫の様に曲げる
酸素を求めて呻いていると、少年の怯えた様な声が背中に聞こえた
「待って…」
「待ってくれ」
「僕は、そんなつもりじゃ……」
この機を逃すつもりは無い
僕は床に涙と唾液をぼたぼたと落としながら、「僕のことを想うなら……」「収容区域に戻ってくれ………」と、途切れ途切れに伝えた
沈黙が廊下に訪れる
僕は、『これは失敗したか』と感じて顔を上げた
実際には、僕が不安から一瞬の沈黙にすら耐えられ無かっただけで、ほとんど時間は経過していない様だった
少年は「断る」「強要すれば、抵抗する」とだけ冷たい表情で答えると、倒れた僕に近寄った
覚悟を決め、僕は眼を閉じると歯を食い縛る
熱い風と共に少年が近付く気配
そして、耳元で彼の声が聞こえた
「僕の事は、他の職員には弟だと言え」
「収容など考えるな、僕は君と…その……ずっと一緒に居たいだけだ」
───本気で言ってんのか?
言葉ではそう呟いたが、既に頭の中では『彼にでも着る事の出来る材質の服は何処に有ったかな』という考えが巡り始めていた