【7話】書斎にやってきたフレイ
翌朝。
一緒に朝食を食べたエレナとアクアは、書斎へ向かった。
今日の令嬢教育も座学だ。
昨日と同じく解説と確認テストをするという形式で、エレナは教育を進めていこうと考えている。
書斎に入ると、先客がいた。
双子の姉――フレイだ。
中央の机に、ふんぞり返って座っている。
(これはフレイも教育を受けてくれる気になった……ってことでいいのよね?)
ここに来ているということは、教育を受ける意思があるのだろう。
でも昨日は結局、彼女と一度も話をできていない。
いったいどういう心境の変化があったのだろうか。
疑問に思いつつも、エレナは笑顔を浮かべた。
「ありがとうねフレイ。あなたも一緒に令嬢教育を受けてくれる――」
「はぁ? なに言ってんのよ?」
不機嫌そうに言い放ったフレイは、ガタンと派手な音を立てて立ち上がった。
わざとらしく大きな足音を立てながら、ずんずんとこちらへ向かってくる。
エレナを見ている瞳は吊り上がっていて、敵意まる出しだった。
「私はただ、アクアの目を覚ましに来ただけよ」
フレイがアクアの手前で足を止めた。
吊り上がっていた瞳の角度が和らぐ。
「アクア。あんたは騙されているのよ。大人は信用しちゃいけないわ。きっとまた裏切られて、捨てられるだけよ……!」
フレイが悔しそうな表情を浮かべた。
きつく結んだ唇から、お母様と同じよ……! 、と押し出すような声が漏れる。
「こっちへ来なさい」
フレイが片手を差し出した。
だが、アクアは腕を伸ばさない。
首を横に振った。
「エレナ様はとっても良い人だよ。私、騙されてなんかいないもん」
「……なんでそんなこと言うの。あんたまで私を裏切るの……!」
フレイのオレンジ色の瞳が、大きく見開かれた。
瞬きせずに見つめているそれには、大きな驚きの色が浮かんでいる。
「エレナ様とお勉強するの、とっても楽しいよ。だからお姉ちゃんも一緒に――」
「うるさい!!」
力任せの叫びが書斎に響いた。
フレイは驚きで見開かれていたオレンジ色の瞳を吊り上げた。
限界までキリリと上がっている。
その吊り上がった目で、アクアを睨みつける。
「勉強ができることを、そんなに私に自慢したいの!?」
「え、違うよ。そうじゃなくて――」
「アクアなんてもう知らない! だいっ嫌い!!」
「…………う、うぅ」
小さく声を漏らしたアクアは、その場にへたり込んだ。
一筋の涙が頬を滑り落ちる。
「うえええええん! いやだよぉ! 嫌いにならないで!」
びゃあびゃあと大声で泣きじゃくる。
大粒の涙が次々と床に落ちていく。
「……ッ!」
唇を噛んで、顔を下に向けたフレイ。
アクアの横を通り抜け、書斎を出ていってしまった。
その場にしゃがんだエレナは、泣きじゃくっているアクアをギュッと抱きしめる。
「大丈夫よ。私がなんとかしてあげるから」
二人をどうにかして仲直りさせる。
悲しみでいっぱいのアクアを目にしたら、そう思わずにはいられなかった。
「いったいこれは!?」
驚愕の声を上げたのはイザベルだ。
アクアの普通じゃない泣き声を聞いて何事かと思い、ここへ駆けつけたらしい。
「イザベル、アクアをお願い!」
アクアをイザベルに任せ、エレナは書斎を飛び出る。
目指すはフレイの部屋だ。
二人を仲直りさせるため、脇目も振らずに走り出した。