【6話】アクアと一緒におやすみ
「お母様は私たちを産んで、すぐに家を出ていってしまったんです。そのことでお姉ちゃんはたくさん傷ついて、そして怒りました。『大人はみんな嘘つきだ。みんなお母様みたいに裏切る』、それがお姉ちゃんの口癖です。だからエレナ様にも、ひどい態度を取ってしまったんだと思います」
産みの母に捨てられてしまったことで傷ついたフレイは傷つき、母親を恨んだ。
そして恨みの対象は、母親だけではない。
母親を含む、大人全体。
それが原因でエレナにも、反抗的な態度を取ってしまった。
アクアの話をまとめると、恐らくこんな感じだろう。
「これまでの教育係にひどいことを言ってきたのも、大人が嫌いだからなのね?」
「たぶんそうだと思います」
歴代の教育係にひどいことを言ってやめさせていた理由が、ここでようやくわかった。
母親に捨てられたフレイの傷は、相当なものだっただろう。
大人を誰も信用できず、拒絶している。
大人である教育係に対して、その気持ちが暴言という形で表れたのだ。
だからといって暴言を吐いていいということではないが、そうなってしまうのも理解できる部分がある。
「エレナ様。お姉ちゃんを許してくれますか?」
「えぇ。そもそも私は最初から怒っていないわよ」
「よかったぁ」
アクアがホッと息を吐く。
心の底から安心していた。
「アクアはお姉ちゃんのことが大好きなのね」
ふふっと笑いかける。
アクアがこうしてやってきたのは、フレイのフォローのためだ。
よほどお姉ちゃんのことが好きなのだろう。
「はい!」
アクアは迷いなく答えた。
スカイブルーの瞳は、らんらんと輝いている。
「お姉ちゃんはとってもかっこいいんです! 運動がとっても上手なんですよ! それにお友達だって、すぐに作れってしまうんです! なんでもできるんです!!」
フレイのことを嬉しそうに語るアクアは、興奮気味。
息継ぎせずに、一気に言ってみせた。
そして最後に、「私とは大違いです」と小さく漏らす。
興奮はすっかり冷めていた。
「なんでもできるかっこいいお姉ちゃんに、私は憧れていました。だから私も少しでもお姉ちゃんみたいにかっこよくなりたくて、一生懸命お勉強を頑張ったんです。……でもそうしたら、嫌われてしまいました」
声のトーンが急に落ちた。
大興奮でフレイのかっこよさを語っていたときと比べて、声の大きさは半分もない。
「最近はぜんぜんお喋りをしてくれません。前はあんなにしてくれたのに……!」
アクアが、ひっく、としゃくり上げる。
瞳からボロボロと涙がこぼれ落ちていく。
「私、人とお話するのが苦手なんです。そのせいでお友達ができなくて……。でも今までは、お姉ちゃんがいたから平気でした。ひとりじゃなかったんです。でも今は、お姉ちゃんに嫌われてしまいました。私はもう、ひとりぼっちです。……うぅ」
「私と一緒ね」
しゃくり泣いているアクアの両手を、エレナは包み込むようにしてそっと握った。
家族や使用人に嫌われていたエレナは、同じようにして同年代の令嬢たちからも嫌われていた。
だから、友達と呼べる相手はひとりもいなかった。
社交的でいつもたくさんの人たちに囲まれていた妹とは、正反対。
いつもひとりだった。孤独だった。
「私ね、ずっとお友達がほしいって思ってたの。ねぇアクア。私とお友達になってくれないかな?」
孤独だったエレナは、ずっと寂しかった。
友達が欲しいと思っていた。
アクアも同じだ。
ボロボロ泣いてしまうほどに、ひとりでいることが辛い。
友達が欲しいと思っている。
エレナとアクアの願いは同じ。
それならきっと、友達になれるはずだ。
「いいんですか……私なんかで」
自信なく呟いたアクアに、エレナは笑顔で頷く。
友達は欲しいが、誰でもいいという訳ではない。
性格の悪い人とは、仲良くなりたいと思わない。
でも、アクアは優しい。
フレイのことをこんなにも思いやっている。
他人を気遣うことのできる優しいアクアだからこそ、エレナは心の底から友達になりたいと思った。
「えぇ。あなたがいいの。他人を労わることのできる優しいあなただからこそ、私はこんなにも友達になりたいと思っているのよ」
「嬉しいです……!」
身を乗り出したアクアが、エレナにおもいっきり抱き着いた。
「エレナ様。大好き……!」
「私もよ」
エレナもまた、ギュッと抱きしめ返す。
アクアの小さな体が、胸の中にすっぽりと埋まった。
エレナはアクアの頭を優しく撫でる。
そうしていたら、胸の中からすぅすぅとかわいい寝息が聞こえてきた。
「あらあら」
微笑んだエレナは、アクアをベッドにそっと寝かせた。
かわいらしい寝顔の口元は、嬉しそうに笑っている。
エレナも横になって、アクアと向かい合う形になった。
「おやすみなさい」
最後にアクアの頭をもう一度優しく撫でてから、エレナは目をつぶった。
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