【30話】エレナへの気持ち ※ジオルト視点
庭園での月見を終えて、ジオルトは私室に戻ってきた。
「今日も素敵だったな」
弾んだ声で呟いたジオルトの頭に浮かぶのは、先ほどのエレナの姿だ。
背中まで伸びた美しい金色の髪。
英知の光を宿している緑色の瞳。
人形のように美しい顔立ち。
それらが月明りに照らされたことで、さらに魅力が増していた。
いつも以上に美しかった。
ジオルトは社交パーティーでの一件によって、エレナへの特別な感情が芽生えた。
これまでに感じたことのない、正体不明の熱くて激しい感情だ。
そして、エメラルドのネックレスをプレゼントした一か月前のあの日。
ジオルトは再び、社交パーティーの夜と同じ感情を抱いた。しかもそのときよりも、ずっと強く感じた。
強く感じたことで、ジオルトはやっと正体不明の感情の名前を知ることができた。
それは、恋だ。
エレナに対し、強い恋愛感情を抱いている。
愛おしくてたまらない。
近頃では、エレナと顔を合わせるたびに浮かれてしまっている。
自分でも呆れてしまうくらいにぞっこんだった。
「だがこの気持ちを、エレナに伝えていいものか……」
ジオルトは悩んでいた。
これは契約結婚だ。
お互いを愛してはいけない、という契約がある。
(俺が気持ちを伝えて受け入れてもらえた場合はいい。だが、そうでない場合は……)
拒否された場合、今の関係は終わってしまうだろう。
そうなれば、エレナはこの家から出ていってしまうかもしれない。
今の生活はエレナありきのものだ。
彼女がいない生活など考えられないし、考えたくもない。
それに、エレナに懐いてるフレイとアクアも深く悲しむに決まっている。
娘たちを悲しませたくはない。
であれば、いっそこのままの方がいいのだろうか。
そんなことを悩んでいたら、いつの間にか一か月という時間が過ぎてしまった。
そして今もまだ、ジオルトは答えを出せていない。
「お父様、入ってもいいかしら? アクアも一緒よ」
ドアの向こうから聞こえてきたフレイの声に、ジオルトは、もちろん! 、とすぐに返事をした。
その声は、弾みに弾んでいた。
娘たちがこうして部屋を訪ねてくるのは初めてのこと。
気持ちが大きく舞い上がる。
娘たちが部屋に入ってきた。
ジオルトの近くまでやってきたかわいい娘たちは、ジオルトをまっすぐに見上げる。
「お願いがあるの。エレナと本当の夫婦になって!」
「――!?」
フレイから飛んできたのは予想外の言葉。
いきなりなんてことを言い出すんだろうか。
たじたじになっているジオルトは、半分パニック状態。
どう返すべきかわからず、固まってしまう。
「お父様はエレナ様のことが嫌いなのですか?」
「そんなことはない!」
瞳をうるうるさせているアクアの言葉を、ジオルトはきっぱりと否定する。
当然だ。
ジオルトはエレナのことが、好きなのだから。好きで好きで、たまらないのだから。そのせいで、一か月も悩んでいるのだから。
「それでは、好きなんですね?」
「あ……えっと」
緊張でうまく言葉が出てこない。
答えは決まっている。
しかし娘たちの前でそれを言うのは、どうにも恥ずかしい。なんと不甲斐ないことか。
そんなどっちつかずの父の態度が、アクアの気に障ってしまったのだろう。
真っ赤になった頬が、ぷくーっと膨らんでいく。
「お父様!!」
とてつもない怒声が部屋いっぱいに響いた。
鼓膜が破れるかと思った。
「ハッキリ言ってください! 好きなんですよね!」
「あぁ好きだよ! エレナのことを愛している!」
激しい剣幕で責め立てられたことで、ジオルトは観念。
本心をありのままに叫んだ。
「よかったです!」
怒りの形相から一転。
スッキリとしたアクアは、爽やかな笑顔を浮かべた。
(普段がおとなしい分、怒るとすさまじいな……。今後は気をつけなければ)
かわいい娘に関する新たな注意事項を、しっかりと胸に刻む。
「それならなにも問題ないわね! 早くエレナと本当の夫婦になってちょうだい!」
胸を張ったフレイが、うんうんと頷いた。
(本当の夫婦……契約結婚を解消し、一般的な結婚をしろということだよな?)
理由はわからないが、娘たちはジオルトとエレナの関係を変えたいらしい。
しかしそれは、簡単な話ではない。
「俺が好きなだけでは、まだ足りないんだ。エレナも俺と同じ気持ちでなければならない」
そうしないとエレナが出ていってしまう。
だからジオルトはこの一か月の間、ずっと悩んでいるのだ。
「つまりエレナも、お父様のことを好きならいいのよね!」
「……そうだ。しかしそれを確かめる方法――」
「行くわよアクア!」
言い終わる前にジオルトに背中を向けてフレイが、アクアの手を握った。
アクアと一緒に大急ぎで部屋から出ていってしまう。
(……いったいなにをするつもりだ?)
フレイの行動は読めない。
予測不能のかわいい娘に、ジオルトはハラハラしていた。




