【23話】不可解な感情 ※ジオルト視点
「どうして俺は、あんなにも許せなかったんだ?」
ジオルトは、ひとりきりの私室で呟いた。
壁に背中を預け、天井を見上げる。
それは、先ほどの社交パーティーで起きたことだ。
メイリアに手をあげられそうになっているエレナを目にしたとたん、急にスイッチが入った。
これまでに感じたことのない激しい怒りが、腹の奥底からぐつぐつと湧き上がってきた。
エレナを傷つけようとしているメイリアのことが、どうしても許せなかった。
しかし激しい怒りを感じたその理由が、ジオルトにはわからないでいた。
「彼女がドゥランシア公爵夫人だからか?」
ドゥランシア公爵夫人であるエレナが貶められたら、家の名前に傷がついてしまう可能性がある。
それを嫌って、あそこまで怒りが湧いたのではないだろうか――と考えるが。
(……違うな)
あのときジオルトの頭には、ドゥランシア公爵家のことなど少しだって浮かんでいなかった。
エレナ・ドゥランシア個人を傷つけられるのが許せない――頭にあったのはそれだけだ。家のことは関係ない。
「恩人だからか?」
エレナがいたからこそ、娘たちと今の関係になれた。
もしエレナと契約結婚していなかったら、ジオルトは娘たちと一生深く関わらないままでいただろう。
ジオルトは今、とても幸せだ。
娘たちとの距離が縮められて良かったと、心の底から思っている。
そうなれたのは、エレナがいてこそだ。
彼女には一生かけても返せないくらいの、とてつもなく大きな恩がある。ジオルトにとって、紛れもない恩人だ。
だからその恩人が傷つけられようとしていたのが、どうしても許せなかった。
「……うむ」
ジオルトは難しい顔になる。
恩人だから――もちろんそれもあるだろう。
だが、違う。
もっと別の理由がある気がする。
あのときジオルトは、熱くて激しい感情を抱いていた。
恩人だから守りたい――というのとは、違う気がする。
「家族愛……か?」
フレイとアクアのことは、なにがあっても守り抜きたいと思っている。
そしてエレナも契約妻であるとはいえ、ジオルトの大切な家族の一員であることには変わりない。
娘たちと同様に守りたい。
彼女に対しても、その気持ちは強く持っている。
だが、それだけではない。
エレナに対してだけは、家族愛に加えてもっと別の感情を抱いている。
「……ダメだ。わからん」
しかし、ジオルトにわかるのはそこまでだった。
こんなにも熱くて激しい感情を抱いたのは、これが初めてのこと。
だから正体がわからないでいた。見当すらつかない。
「あの感情は、いったいなんなだったんだ?」
ベッドに背中から倒れ込む。
正体不明の感情がわからないせいで、胸がモヤモヤする。
そのモヤモヤを消したくて、ジオルトはいつもより強く目をつぶった。




