【22話】ジオルトの怒り
ジオルトを見たメイリアは、瞳を大きく見開いた。
「『俺の妻』ってことは、もしかしてこの人がドゥランシア公爵!?」
焦った顔になったメイリアは、やばい……! 、と小さく呟く。
それからすぐに、取り繕った笑顔を作った。
「初めまして公爵様。私はメイリア・ハーシス子爵令嬢と申します。姉のエレナが、いつもお世話になっていますわ」
「くだらない挨拶などどうでもいい」
メイリアはお茶を濁してこの場を切り抜けようとする。
だが、ジオルトは取り合う気がなかった。
「貴様は今、なにをしようとしていた?」
氷のように冷たい声が飛ぶ。
ジオルトの雰囲気は鋭く尖っていて、怒りでいっぱいになっていた。
そんな激しい怒りを正面から受けたメイリアは、バツが悪そうに目線をそらした。
強張った表情には、ありったけの恐怖が浮かんでいる。
「なにって……ただ遊んでいただけですわ。そんな怖い顔をしないでください」
委縮しながらも、メイリアはごまかしの言葉を吐いた。
でもあれは、誰がどう見たって遊んでいたようには見えないだろう。
ものすごい下手な嘘だ。
メイリアは勉強が苦手だったが、昔から悪事に関してだけはかなり頭が回る。
いつもであれば、こんな見え見えの幼稚な嘘はつかない。
メイリアには、もう余裕がないのだろう。
精神的にかなり追い詰められている証拠だ。
「嘘つき! なにが『遊んでいた』よ! あんたエレナに、ビンタしようとしてたじゃない!」
エレナの後ろにいるフレイが、大声で叫んだ。
幼稚な嘘はジオルトに指摘される前に、フレイによって暴かれてしまった。
「そいつ初めは、私のことビンタしようとしてたのよ。でも、エレナが私のことをかばってくれたわ。そしたら今度は、エレナをビンタしようとしたの!」
「……だ、そうだが?」
「私とお姉様はとっても仲良しなんですよ。それなのにビンタなんて、そんなことするはずじゃないですか。嘘つきは私ではなくご息女の方でしたね、あはははは――」
「黙れ」
苦笑いするメイリアに、ピシャリ。
ジオルトの声には、有無を言わせないようなたっぷりの威圧感が含まれていた。
「エレナと貴様の関係を俺は知っている。なにが仲の良い姉妹だ。すべて嘘ではないか」
「……そ、それは」
メイリアはたじたじになっている。
言い訳しようとしているが、なにも言えていない。
「ドゥランシア公爵家の人間を愚弄した罪は重い」
ジオルトがメイリアを睨みつけた。
激しい怒りが宿る真紅の瞳には、殺気のようなものまで感じる。
「制裁として、ハーシス子爵家の領地の半分を没収することとする」
「…………へ?」
気の抜けたような声を上げたメイリア。
顔がみるみるうちに青ざめていく。
経済的余裕がないハーシス子爵家にとって、この制裁は大打撃。
これが原因で経営が立ち行かなくなり、最終的には爵位が没収されるかもしれない。
「どうかお許しを!」
大きな声で叫んだメイリアは、深く頭を下げた。
こんなにも必死になっている彼女を見たのは、これが初めてだ。
「貴様は俺の大切な家族を傷つけようとした。絶対に許さん」
ジオルトは断固として許す気はなかった。
一瞥し、背中を向ける。
「……そ、そんな」
メイリアは糸が切れたようにして、その場に崩れる。
真っ白になった顔は、魂が抜けてしまっているかのようだった。
「三人とも、行こうか」
ジオルトの声に、エレナと双子は静かに頷いた。
四人はこの場をあとにした。
それから少しして、パーティーは閉幕となった。
ホールを出た四人は、ドゥランシア邸への帰りの馬車に揺られていた。
エレナの両隣では、双子がぐっすり眠っている。
パーティーで疲れてしまったのだろう。
二人ともそっくりな、かわいい寝顔をしている。
「エレナのことは私が守るんだから!」
「大丈夫ですよエレナ様。私がいます」
双子から寝言が聞こえてきた。
夢の中でもエレナを守ってくれているみたいだ。
「ありがとうね二人とも」
微笑んだエレナは、二人の頭をそっと撫でる。
それから、正面へ顔を向けた。
「ジオルト様。今日は本当にありがとうございました」
ピンチに駆けつけてくれたジオルトに、心を込めてお礼を言う。
ジオルトは最後に、『俺の大切な家族』とエレナのことをそう言ってくれた。
まっすぐでブレのない本気さが、そこにはしっかりとあった。
言葉を聞いたとき、温かい感情が体に広がった。
大事にしてもらえていることが、痛いくらいに伝わってきた。
実の家族である両親やメイリアよりも、ジオルトはずっとエレナのことを大事にしてくれている。
契約による嘘の関係であっても、これだけは本当の事実だった。
「当然だ。君は俺にとって大切な人だからな」
「――!!」
エレナはバッと、顔を下に向けた。
頬には熱が集まっている。
ジオルトが言っている『大切な人』というのは、娘たちとの距離を縮めてくれた恩人、とそんな風な意味合いだろう。
決して絶対に、エレナが思っているような意味ではないはずだ。
だから顔を赤くするのはおかしい。
こんなにも心臓が高鳴るのも変だ。
頭ではわかっている。
でも、体はそうではなかった。
熱い気持ちになってしまう。
勘違いとわかっているのに、とまらなかった。
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