【12話】ジオルトのこれまで ※ジオルト視点
エレナとの話を終えたジオルトは、私室へ戻ってきた。
「ありがたいことだ」
部屋に入ってすぐ、ジオルトは感謝の気持ちを呟いた。
その相手は、契約妻のエレナだ。
娘たちとの距離を縮めるのを手伝ってほしい――そんなお願いをいきなりされて、エレナはさぞや困ったことだろう。
それにもかかわらず、彼女は嫌な顔ひとつせずに引き受けてくれた。感謝しかない。
エレナが教育係になった、とイザベルから報告を受けたときには耳を疑った。
なにを勝手なことをしているんだ、という怒りすらあった。
だが食堂で楽しそうに三人を見て、怒りはすぐに消えた。
そして怒りの代わりに湧いたのは、羨ましいという気持ち。
俺もこの輪の中に入りたいと、強くそう思った。
ソファーにかけたジオルトは、天井を見上げる。
先ほど前妻のことを話したからだろうか。
過去の記憶が脳裏に浮かんできた。
大きな権力を持っているドゥランシア公爵家に生まれたジオルトは、色々なものを持っていた。
人並み外れた規格外の魔法の素質を持ち、頭脳明晰で身体能力も高い。
さらには、顔立ちも整っていた。
高い地位を持ち、なおかつハイスペックであるジオルトは、多くの貴族令嬢に声をかけられてきた。
だが一度だって、まともに対応したことはない。
女性に興味がなかったので、すべてテキトーにあしらってきた。
そんなジオルトではあったが、二十歳のときに結婚した。
相手は二つ年下の侯爵令嬢――システィ・キシリアン。
ドゥランシア家とキシリアン家は、古くからの付き合い。
この縁談は両親から勧められたものだった。
しかしジオルトは、システィに恋愛感情は抱いていなかった。
どちらかといえば、苦手なタイプだった。
外見はそれなりに整っていたが、性格はワガママで自己中心的。
そして、散財癖がかなりひどい女性だった。いつも多くの高級品を身に着けていた。
そんな女性に対して、好意を持つことは難しい。
だがジオルトは、両親から勧められるままに縁談を受けた。
他に結婚したい相手もいないし、今後もできない――そう考えて、受けることにしたのだ。
そのような経緯で結婚したこともあって、システィとの夫婦生活は冷めきっていた。
食事も別なら、寝室も別。お互いにこれといった会話もない。
ジオルトの両親が事故死したときも、システィは「死んだんだってね」とただそれだけ。
葬儀にすら顔を出さないどころか、お悔やみの言葉一つなかった。
それでも結婚から一年後――ジオルトが二十一歳のときに、フレイとアクアが生まれた。
システィとの間にできた双子の娘だ。
しかしそれからほどなくして、システィは娘たちを置いて家から出ていった。
彼女には最後に、
「あなたには人間の温かみがないわ。ずっと人形といるみたいだった。あなたって、本当に人間なの? 血の色は赤い?」
そう言われた。
そんな風に思われていても仕方ないような関係だった。
だからジオルトは、なにも答えられなかった。
システィが出ていき、ジオルトのもとには二人の娘が残った。
フレイとアクアのことは愛おしかった。
自分の命よりも大切で、なにがあっても守りたいと思った。
だがジオルトは、かわいくてしょうがない娘たちに深く関わろうとしなかった。
そうできなかった。
娘たちに、システィのように思われてしまうことが怖かった。
そうなったら、きっともう立ち上がれない。
だったら関わらない方がいい。
そうしてジオルトは、娘たちと距離を置いた。
そんな生活を、七年間続けたある日。
ジオルトは契約結婚をすることを決めた。
もう結婚にはこりごりだったが、再婚しろ、という周囲からの声があまりにもうるさい。
そこで仕方なく、契約結婚をすることにしたのだ。
多くの応募者の中から選んだ相手は、エレナ・ハーシス子爵令嬢。
彼女は自我が希薄で、欲がなさそうだった。
ジオルトが妻に求めていたのは、公の場でドゥランシア公爵夫人を演じること――ただそれだけだ。
傲慢だったり欲深そうな女性は、トラブルを起こしそうなので論外。
自分からはなにもしない、人形のような女性を探していた。
エレナはその条件にピッタリだった。
だから彼女が自ら進んで教育係になったと聞いたときには驚いた。
そんな行動力があるとは、まったく思っていなかったからだ。
だがそのおかげで、フレイとアクアはあんなにも笑顔になった。
エレナには本当に感謝している。
「まさかこの俺が、女性に対してこんなにも感謝の気持ちを抱く日が来るとはな」
こんなことは初めてだ。
だが決して、嫌な気分ではない。
むしろそれとは逆の、温かいものを感じていた。