【11話】ジオルトからの頼み
夕食のあと。
エレナはゲストルームのソファーに座っていた。
ジオルトに呼び出されたのだ。
ソファーに座るエレナはかしこまり、体を縮めている。
表情は緊張で強張っている。
これから説教でも受けるかのような雰囲気だった。
「どうして教育係になった?」
間にテーブルを挟んだ向かいのソファーから上がったのは、ジオルトの声だ。
声色は普通なのだが、やっぱり怖い。
「イザベルから簡単に報告は受けているが、君の口からもう一度聞かせてほしい」
「新たな教育係を探すのが困難と聞いて、それならば私がやろうと思ったのです。他に仕事もないですし、ちょうどいいと思いまして……。お伺いもせずに勝手なことをしてしまい、申し訳ございませんでした」
「責めているわけではない。むしろ、感謝している」
ジオルトの口元に微笑みが浮かぶ。
こうして笑っているところを見たのは初めてだ。
「イザベルから聞いているかもしれないが、教育係をしてくれそうな人間にオファーを出してもなかなか引き受けてくれないのだ。だから、君が引き受けてくれて助かった。それに、あんなにも楽しそうな娘たちを見たのは初めてだ」
それに今気づいたのだが、ジオルトの雰囲気が初夜と違っている。
他者を寄せ付けないようなとげとげしい雰囲気を、今はもう感じない。
(ずいぶんと柔らかくなったのね)
強張っていたエレナの表情が元に戻る。
もう委縮する理由がなくなった。
「それにしても驚いた。アクアはまだしも、フレイの大人嫌いはかなりものだ。フレイは大人に対して、誰にも心を開いていない。だが、君にだけは違う。かなり懐いていた。教えてほしい……いったいどんな方法を使ったんだ?」
「そんなに、すごいものではありませんよ。私はただ、フレイの悩みを聞いてお話をしただけです」
「……悩み?」
優秀な双子の妹に劣等感を抱いていたこと。
そんな自分を姉失格と自己嫌悪していたこと。
不思議そうにしているジオルトに、フレイがどんな悩みを抱いていたのかを伝えた。
「……まさかフレイに、そんな悩みがあったとはな。もう長いこと一緒にいるというのに、まったく気がつかなかった」
ジオルトは大きく息を吐く。
「だが、そうなるのも当然か。俺はこの七年間、二人となるべく関わらないようにしてきたんだからな」
フッ、と自嘲を浮かべる。
見ているだけで痛々しい。
「俺の前妻――フレイとアクアの母親については知っているか?」
「アクアから少し聞きました。確か二人を産んですぐ、ここを出ていかれてしまったとか」
「その通りだ。『あなたには人間の温かみがないわ。ずっと人形といるみたいだった』、その言葉を最後に前妻は家を出ていった。娘たちに深く関われば、俺も二人にそんな風に思われてしまうかもしれない――それが怖くて、交流を避けてきたんだ」
夕食のとき、ジオルトと双子の間には距離を感じた。
どうにも不可解だったが、話を聞いて納得した。
あのとき感じた距離は、父と娘の七年間だ。
まともにコミュニケーションを取ってこなかったからこそ、あんな風に距離が開いてしまったのだろう。
「でもそれは、間違いだったのかもしれない。君の隣で楽しそうにしているフレイとアクアを見て、思ったんだ。俺も娘たちにこんな風に笑ってほしい、とな」
優しい声色が響く。
心からの気持ちが伝わってくる。
「……エレナ。君に頼みがあるんだ」
真剣な表情をしたジオルトが、エレナをまっすぐに見つめた。
「恥ずかしながら七年間も娘たちまともにコミュニケーションに取っていないせいか、距離の詰め方がわからない。だからどうか、手伝ってくれないだろうか。たった一週間で娘たちと仲良くなった、君の力を借りたいんだ」
「わかりました」
エレナは迷うことなく、すぐに返事をした。
娘二人と仲良くしたいというジオルトの気持ちは、真剣そのもの。
その気持ちを向けられたエレナは、どうにかして力になってあげたいと強く思ったのだ。
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