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「今日はお風呂に入って体を温めたらすぐに休んだ方がいい。疲れているだろう?」

「あ……うん」


 そう言われて初めて、ルーカスは自分が疲れ切っていることにようやく気付いた。なにせ、今日は色々ありすぎた。身体的な疲労もそうだが、精神的にも疲弊している。


「お風呂に案内するよ。それとお風呂に入る時は、ロペの精霊石を使って浴槽を水で満たした後、リコの精霊石を使って炎の熱だけを引き出してお湯を沸かすといいよ。リコもロペも、きみが自分の意思で精霊石を使うのを待ち望んでいるから」

「わかった」


 レネに浴室を案内してもらい、言われた通りにして入浴する。温かな湯に浸かると、緊張が解れたからかどっと疲労を感じた。このまま湯に浸かり続けていたらうっかり寝てしまいそうになったところで、眠気に抗って入浴を終える。


 レネが用意してくれた着替えは大きめだったが、問題ない。着替えを終えると、見計らったかのようにレネがやって来て、共に寝室に行く。


 ルーカスが入浴している間にレネが寝室を整えたらしい。寝室のカーテンは閉じられ、テーブルの上に置かれた大きなランプと、寝台横の壁に吊り下げられた小さなランプから発せられる淡い橙色の光が室内を照らしている。


 椅子に座るよう促され、ルーカスはおとなしく言う通りにする。何かと思えば、レネは持参した柔らかな布でルーカスの髪の水気を丁寧に拭い始めた。自分でできると言ってみたもののレネは譲らず、同じく持参した小瓶の中身の液体をルーカスの髪に馴染ませ、櫛ですいていく。


 レネの手つきがあまりにも優しいせいか、眠気で頭がぼんやりする。室内が薄暗いことも相まって、眠気を呼ぶ。


(香油か? レネと同じ匂い……)


 花を思わせる甘い匂いだ。きつい香りではなく、ふわりとわずかに香る程度の良い匂いで、不思議と心が落ち着く。レネと同じ匂いだからだろうか。


 目の前に置かれたランプは長方形の形をしており、全面が曇りガラスに覆われていて、中にある光源が何かまでは見えない。光源は淡い橙色をしている。揺らぎがないことから火ではないことだけはわかるものの、それ以上はわからない。


「これからはできるだけ、リコかロペの精霊石を使う時は片方だけ使うのではなく同じ時に両方使った方がいいよ」


 ふいにレネに話しかけられて、眠気で回らない頭を必死に動かして答える。


「……なんで?」

「僕は彼らと親しくさせてもらっているけど、リコとロペは仲が……その……うーん……あまりよろしくなくてね」


 レネは苦笑しながら言葉を続ける。


「きみが片方の精霊石だけを使ったら、多分リコとロペが喧嘩する。きみの取り合いだ。ルークは彼らのお気に入りなんだよ」

「ちょっとわからないんだけど……そもそも俺は、どうしてそんなに気に入られてるんだ? 特に何かをしたわけでもないんだけど」

「どう言ったらいいかな。きみは、とっても心地良い空気……みたいなものに包まれてるんだ。後天的に生まれたものではなくて、生まれつき持っているものだ。全ての精霊がそう感じるわけじゃないけど、相性の良い精霊はきみを見ていると、『ああ、好きだな』ってなるんだよ。一部限定ではあるけど、人たらしならぬ精霊たらしと言ってもいいかもしれないね」

「それは……レネも?」

「うん。好きだよ」


 あっさり告げられた好意に、これは恋情の意味ではないとわかっていながら動揺しかけてしまう。


「お……俺が精霊たらしなら、他の精霊からも精霊石を賜ったりするものなんじゃ?」

「そこはリコとロペが強いからね。他の精霊がきみに近付かないようにしてるんだ。リコとロペに逆らえるのは、僕を含め両手の指くらいの数の精霊しかいないんじゃないかな。だから、きみはリコとロペからしか精霊石を貰っていなかったんだ」


 なるほど、と納得する。ひょっとすると、ルーカスが賜った精霊石以外の火の精霊石と水の精霊石を使えた理由もそれなのかもしれない。他の精霊石をどのように使っても、一切制裁を受けなかった理由も同じなのではないだろうか。リコとロペが強い力を持つ高位の精霊であるが故に、そのお気に入りのルーカスに配慮せざるを得なかったのだ。


 自分に精霊石を授けた精霊たちがどちらも相当な精霊だとはうっすらわかっていたが、これほどまでとは思いもよらなかった。


「そのリコとロペも精霊の集いの……あの場にいたのか?」


 あの時の恐怖を思い出しただけで体が震えそうになる。あんなに大勢からの殺意を浴びたのは初めてだった。レネがいなければ、今頃どうなっていたのかわからない。震えそうになるのをどうにか堪えて、質問する。


「いや、リコとロペは呼ばれなかったからね。あの場にはいなかったよ。彼らはずっと僕の面倒を見てきたから、僕に肩入れして話し合いを止めさせると思われたんだろう。どうしても僕を……ううん、この話は関係ないね。ごめんね」


 レネが何を言おうとしたのか気になったが、尻すぼみに小さくなり、明らかに元気がなくなったその声を聞いていたら続きを促すことなどできない。


「さあ、できたよ」

「あ……ありがとう」


 ルーカスが髪に触れると、驚いたことにすでに乾いていた。おまけに、これが自分の髪だとは思えないくらいに手触りが良い。香油のおかげだろうか。


 ルーカスは椅子から立ち上がり、レネに向き直る。レネはルーカスと目が合うと柔らかな笑みを浮かべる。


「ゆっくり休むといい」

「うん」


 沈黙が落ち、ただただ見つめ合う。少しの間無言で見つめ合った後、レネがルーカスの頭を撫でた。


「おやすみ、ルーク」

「うん、おやすみ……」


 レネが部屋から出ていくのを見送り、それから寝台に横になる。すると、寝台横に吊り下げられたランプの明かりが徐々に弱まり、消えた。


 テーブル上のランプも光が弱まっていったが、完全に消える手前でぴたりと止まる。ルーカスは一切手を触れていない。一体どんな仕組みなのか見当もつかない。中にある光源は、もしかすると北部にある何かなのかもしれない。


 より一層暗くなった室内で、ルーカスはかろうじて見える天井をぼんやり眺めながめる。


 おやすみ、と誰かと言い合うのはいつぶりだろう。誰かと触れ合ったのはいつぶりだろう。しっかりと視線を交わして、誰かに笑いかけられるのは、一体いつぶりだろう。これまで忘れていた感覚が一気に思い起こされる。誰かと接することが、こんなにも、嬉しくて楽しくて、幸せだなんて。


 ルーカスはゆっくりと目を閉じる。深い安堵が、さらなる眠気を誘う。


(レネに見られるのは……)


 ルーカスの脳裏に、レネの穏やかで優しい笑顔が映る。何の他意もない、観察しようとする不躾さもない、嫌悪も不快感もない、ただただこちらを愛でるレネの飴色の瞳。


(嫌じゃない……むしろ……)


 心の奥底に芽生えた何かが何なのか、答えが出る前にルーカスは眠りに落ちていった。

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