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「ここが、僕の家だよ」


 レネの家は、これまでに見た通り沿いの家々と比べて少々大きい。三階建てで、他の家々と同じ造りをしており、二階にある出入り口の扉に向かって階段が伸びている。


 レネと共に家の中に入り、通されたのは居間と思しき部屋だ。座り心地の良さそうな二人がけのソファーとローテーブル、壁際に本棚がある。室内は暖かく、本棚とは逆の壁際に暖炉があった。暖炉の中には、内側から銀色の光を放つ薪がいくつかくべられていて、小さな火が揺らめいている。


「少し、ここで待っていて。きみの体を温めるものを持ってくるよ」


 レネはそれだけ言い残すと、ルーカスの返答を聞くことなく慌てた様子で部屋から出て行った。


 部屋に取り残されたルーカスは、一度室内を見回し、暖炉のそばに行く。冷え切った体をとにかく温めたかった。


 暖炉の前でしゃがみ込んで手をかざすと、じんわりと暖かさが伝わってくる。かじかんだ手が急速に熱を浴びて、何とも言えない痛痒さが襲う。


 それにしても、暖炉にくべられているのは一体何なのだろう。見た目は薪だが、内側から銀色に光る薪など見たことも聞いたこともない。北部に自生する木なのだろうか。


 ぼんやりと薪が放つ銀色の光と小さな炎を眺めていると、「お待たせ」とレネが戻ってくる。


 レネは手に、ティーカップと布の塊のようなものを持っている。ティーカップをローテーブルに置き、それからこちらに来るようにとルーカスを呼ぶ。


 ルーカスがのろのろと立ち上がってレネのそばまで行くと、レネはルーカスに着せていたマントを脱がせ、その代わりに手に持っていた布のようなものを広げてルーカスを包む。毛糸で編まれた大判のストールだ。それから、ルーカスの手を引いてソファーに腰掛ける。


「えっ、ちょっ……!?」


 流れるようにルーカスを誘導し、レネは自分の膝の間にルーカスを座らせた。少し身を乗り出してローテーブルからティーカップを手に取り、それを半ば強引にルーカスに持たせる。


「飲んで。温まるよ」


 耳元で穏やかな低音が聞こえ、びくりと体が動く。


「寒い?」


 ルーカスの身じろぎを寒さからくる震えだと思ったらしいレネが、ルーカスの腹に両手を回してぴたりと体をくっ付ける。心臓が早鐘を打つ。


「これでどうかな。大丈夫?」

「えっ……と……」


 大丈夫かと聞かれても、寒さではなくこの体勢が大丈夫ではないが、どう答えればいいのかがわからない。


「僕、初めは少し冷たいと思うけど、すぐ温かくなるから。体温は高めなんだ」


 レネに手で触れられた時の一瞬の冷たさとその後の温もりを思い出して、それが精霊と人間の間に生まれた子である影響なのだろうかと思案する——思考を明後日の方向に飛ばさなければ羞恥で気絶しそうだ。


「人間は些細なことですぐ死んじゃうって聞いたんだ。きみには死んでほしくない……」


 レネは懇願するようにぽつりと言い、ルーカスを抱きすくめる手に力を込めて擦り寄る。


 今ルーカスが身じろぎすれば、まだ寒いのだと勘違いしたレネが何をし出すかわからない。ルーカスは身じろぎしそうになるのをどうにか堪えた。


「お……俺は大丈夫……あったかいよ」

「本当? さあ、それも飲んで」

「うん……」


 半ば強引に握らされたティーカップの中身に視線を落とす。茶色い液体だ。花のような良い香りがする。紅茶だろうか。


 一口飲んでみると、薬草味の強い紅茶のような味がした。意外と好きな味だ。ルーカスは続け様に数口飲む。


「美味しい」

「そう? 口に合ったのなら良かった」


 ルーカスを抱きすくめるレネの腕はちっとも弛まず、それどころか至近距離から視線を感じる。じっと動向を見られている気配がして落ち着かない。


 レネに見つめられながら飲み干す頃には、その視線に慣れた。元々、常に観察される生活を送っていたのだ。見られることには慣れている。


 体はすっかり温まっていた。もう大丈夫だという安心感があるからか、遅れて疲労感を覚える。今日は色々なことが起こりすぎた。心地よい暖かさも相まって、眠気が抑えきれない。


「もっと寄りかかっていいよ」


 ルーカスが眠気を感じていることに気付いたらしいレネが言う。


「いや、その……もう温まったから、抱えてもらわなくても」

「駄目。それは聞けない」

「なんで?」

「……僕がこうしていたいから?」


 どうして疑問形なんだ、とは思ったが、この話題を深掘りして出てくる答えに対処し切れる自信がない。ルーカスはそれ以上何も聞かずに、大人しく黙り込む。


「それに、きみにも慣れてもらわないと」

「慣れる? 何に?」

「こうして触れ合うことにだよ。僕があの場できみを伴侶にすると言った以上、誰かが様子を見に来る可能性があるからね。いつ、誰が来るかわからないから、仲良くしないと。人間の番は触れ合うものだって聞いたんだ」


 誰にそんなことを聞いたのだろう。レネにそんなことを教えた何者かは、一体、他に何を教えたのか。


「ね、だから、寄りかかって楽にして」


 レネは耳元で優しく甘やかすように囁く。声音の柔らかさに反して固い意志を感じる。これは、こちらが折れるまでこの問答が続く予感がする。


 ルーカスは諦めて小さく息を吐いた。ゆっくりと体から力を抜き、レネに寄りかかる。


「ふふ」


 心底嬉しそうにレネが笑う。


「可愛いね」


 反応に困り、可愛くなんてないと言い返してみようかと一度口を開くも、結局閉じた。藪蛇になりそうな気がする。


 それに、レネから正確な年齢を聞いたわけではないが、西部が雪に覆われた年数を考えると、レネは少なくとも三百歳にはなっている。三百歳からすると、十八歳はそれは『可愛い』となるだろう。幼子、もしかすると赤子に接しているような感覚なのかもしれない。


「きみとはこうして伴侶として接するけど、全て僕のたわむれだと思ってくれて構わない。どうか半年間、僕のたわむれに付き合ってほしい」

「それが俺を守ることになるのなら、断る理由がない。レネに付き合うよ」

「ありがとう。大切にするよ、ルーカス」


 心地よい暖かさに包まれて、まぶたが落ちる。眠気に抗うことができない。ルーカスはゆっくりと眠りの底に落ちていった。

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