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第八話 真相は薮の中

 風穴が空いた目玉から血を噴水のように噴き出したポールは、その巨体をどすんと地響きを立てて横たわらせ、今後こそ動かなくなった。

 絶命したのだ。


「はぁっ、はぁ、は……」


 ポールが崩れ落ちる直前、難なく地上へ着地したグレン。

 しかし全身を痛めつけられ、大量に出血しているのは彼も同じで、間もなく力尽き、倒れ込んでしまう。


「グレン!」


 そこに痛む身体に鞭打ったレオナルトが駆け付け、グレンに向け両手をかざす。


「慈愛の女神よ! 我が祈りに応え、癒しの奇跡をここにもたらせ! ヒール!!」


 そして詠唱を唱えれば、金色に輝く光がグレンの身体を包み込み、まるで時間を巻き戻すが如く傷を塞いでいき、出血も痛みも取り払ってくれる。

 グレンはみるみる治っていく様に驚愕しつつ、軽くなった身体を起こしレオナルトと向き合った。


「回復魔法まで使えんのか」

「一通りの魔法は学んだからな」


 ふふんと、レオナルトは腰に手を当て自慢げに笑う。

 だが回復魔法は肝心のレオナルト自身を癒していない。魔力が足りなかったのか、他者にしか魔法をかけられないのか。

 どちらにせよ、魔法が決して万能ではないことはわかる。そのうえで危険を顧みずに現れたレオナルトの心情がわからず、グレンは困惑した。


「……何で、来たんだよ」

「もう一度だけ、話をしたかったからだ」


 その問いかけに対するレオナルトの答えは、何ともシンプルなものだった。


「貴殿は神官とパーティリーダーを殺めた元冒険者、という認識であっているだろうか?」

「……そうだよ」

「悲しきかな。危険な依頼を請け負う冒険者は、殉職が絶えない。依頼先から誰一人帰ってこないこともままあると聞く」

「それが、どうした」

「一説によると、その高い死亡率にかこつけて、気に入らない仲間を抹殺する者もそれなりの数いるそうだ」


 ただし、とレオナルトは人差し指を立て、


()()()()、だが」


 そう付け加えた。

 当然だ。人目のつく場所で殺人など犯せば、捕まるのは目に見えている。実行するならばダンジョンの奥地といった、一般の人間がまず立ち寄らない場で行う方が賢い。


「まぁ喧嘩っ早い冒険者は酒場で不祥事を起こすこともあるらしいが、それは例外として」

「だから? 結論を言え」

「グレンが殺人を犯した現場は宿屋。()()()寝泊まりしていた部屋」

「……? 待て、お前何でそんなことまで知って」

「殺された神官とパーティリーダーの遺体は酷く損傷していて、特定に時間がかかるレベルであった。特にベッドは使い物になれないほど血が染み込み、鼻が曲がるほどの臭いが充満していたとか」


 グレンの言葉をあえて遮り、レオナルトは言葉を続ける。


「貴殿は『カッとなってやった』と言うが、それにしては執拗に時間をかけ、不自然なぐらい派手に殺めている。作為的だと、私が考えてしまうほどに」


 ――レオナルトは既知の物に限り、分析、解析、そして鑑定ができる。具体的に言うと過去に見聞きした記憶を魔法の額縁の中に映し出し、現物と照合するのである。そしてレオナルトは帝王学の一環として、王都に入ってくる事件の情報、新聞や()()()()には一通り目を通していた。

 王族の特権を活用した情報網から、一般人は知り得ないことも把握できるのである。


 尤も完璧に記憶している訳ではない。印象に残らない情報は順当に忘れてしまう。しかし例え忘れようとも、幾つかのキーワードを指定し情報対象を特定すれば額縁の中に映し出せる。

 それが、レオナルトの鑑定魔法。

 グレンが引き起こしたとされるパーティ殺し事件の概要も、この特性により引き出した。


「ここからは私の憶測になるが、この神官はパーティリーダーに、乱暴をされていたのではないか?」


 それを聞いたグレンの左目が、見開かれる。


「神官の職につく者の姦淫は大罪。例えそれが自分の意思と関係なく強制されたものだとしても、女神の加護を失い教会からは破門され、生涯後ろ指をさされる」


 神官は信仰する女神に男女問わず操を捧げる為、他者と情事を交わすことはない。

 しかし事件現場となった部屋には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と書かれていた。

 どうして神官の部屋に他者がいるのか。料金が高くなろうともわざわざ一人部屋を借りているのは、パーティ間であらぬ誤解を生じさせない為だろうに、中に入ってしまっては意味がない。


「宿屋の清掃員の目撃証言から、グレンが神官の部屋に入室するや否や喧騒が起きたらしいな。()()()()()()()()()争う声が聞こえた、と。……神官はその時には既に、乱暴の末、事切れていたのでは? そしてパーティリーダーはその罪をグレンに被せようとしたのでは? 貴殿は港町の貧困街(スラム)出身で、社会的には信用が薄い。押し付けるには丁度よい立場だ」


 裁判記録にはグレンの出身は貧困街(スラム)で、軽犯罪の前科があった旨が書かれていた。

 よってグレンの自白はさして精査されることなく、事実として処理されている。


「しかし貴殿は己の潔白を示すよりも、神官の名誉を守る方を取った。その為にパーティリーダーの息の根を止め、部屋を血で塗り潰し、神官も自分が殺めたよう偽装した。……これは一人の短気な男による凶行である、と」

「……。随分と、妄想力逞しいことで」


 まるで現場を見てきたかのように語るレオナルトに、グレンは肯定も否定もせず、曖昧な笑みを浮かべる。


「推理ごっこは満足か?」

「あぁ。満足した。私の中で、辻褄を合わせることができた」


 レオナルトは節々から感じるグレンの優しさから、凶行を犯したとどうしても思えなかった。だから新聞記事や裁判記録を読み返し、納得できるストーリーを組み立てた。

 そして真相はどうあれ「自分はこう思うことにした」と、グレンに話したかったのだ。


「では改めて。グレンよ、私と共に来て欲しい」


 話し終えたところで、レオナルトは右手を差し出してきた。

 昨日と変わらない着地点にグレンは呆れ返る。


「しつこいぞ」

「しつこくもなるとも!」


 しかし勧誘の熱量は昨日と段違いであった。


「貴殿は私をモンスターの魔の手から二度も救ってくれた! 見ず知らずの私をだ! 入れ込まない訳がなかろう! 責任を取って貰うぞ、グレン!!」

「ぶっ。なんだそりゃ」


 その遠慮のなさを見た隻眼の男は思わず吹き出し、


「がめつい奴」


 顔を綻ばせた。


「私は本気だぞグレン! 王都に帰還した暁には貴殿を兄上に紹介しよう! 兄上は聡明でお優しい方だ、事情を汲んで取り計らってくれることだろう! あっ、兄上というのは第二王子のだな……!」

「お前その設定まだ続けてんのか」

「ちっがーう!! 設定ではなく事実だ! 私はサランディア王国の第六王子、レオナルト・ド・ラ・キャヴェンディッシュ!」

「やっぱ長ぇな。『レオ』でいいだろ、『レオ』で」

「ちっがーう!! レ・オ・ナ・ル・ト!」

「で? レオ」


 グレンは膝に肘を乗せ、頬杖をついて言う。


「脱出計画の詳細は?」


 その返答つまり、協力してくれるということで。

 レオナルトはぱぁっと満面の笑みを浮かべ、歓喜した。


 グレンが、仲間になった!


このまでお読みいただきありがとうございます!次話から二章となります!

もしも面白ければ、感想やレビューをしていただけると幸いです。

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