第七話 虚勢と逆襲
「あ? 庇ってもいいことなんてナイぞぉ?」
「庇ってなんかねぇよ。知らねぇもんは、知らねぇ」
ポールはグレンの頭を大きな手で掴み、力を込め始める。
みしみしと、骨が軋む音が響く。
「こノままぐちゃぐちゃにされてェのか? へ、へへっ。ひき肉にして食っちまうゾぉ」
「……へっ。好きに、しな」
直後、グレンの身体に激痛が走り、目の前が段々と暗くなっていく。
死が近づいているのを感じた。しかしグレンは抵抗もせず、あるがままを受け入れ――
「皆のもの、聞けぇっ!!」
ようとして、集落中に響く大きな声に意識を引き戻される。
ハッとして声がした方へ視線を向けてみれば、声の主、グレンが秘匿しようとしたレオナルトが、堂々とした歩みで集落の中へ入ってくるのが見えた。
「私はサランディア王国の第六王子、レオナルト・ド・ラ・キャヴェンディッシュ! アスタロス島占領の為、偵察に来た先行隊隊長である!!」
レオナルトは背筋を伸ばし、凛とした佇まいで名乗りをあげる。
「一人の人間をよってたかって痛めつける様! 討伐すべきモンスターに従い、人の理さえ外れてしまった様! しかとこの目で見たぞ! 罪の上に更に罪を重ねるとは言語道断!」
そしてグレンを押さえ付けるポールをビシリと指差した。
「直ぐそこに騎士団が来ている! 彼らは蒼穹を裂く雷が如く、我が意志に応え、裁きを下す光となろう!!」
しかしレオナルトの警告に怯む罪人は一人もいない。ハッタリだとわかるからだ。
「はっ! 剣の一つも持たねぇ丸腰のガキが隊長な訳ねぇじゃねぇか!」
「騎士団がいるんなら一人で前に出るなんて馬鹿なことするかよ!」
「まして王子な訳ねぇだろ! 嘘っぱちだぁ、嘘っぱち!」
「お、おオお! 聞いてた通りカワイイ子だぁっ!」
罪人達がレオナルトを笑う中、レオナルトを一目見たポールはグレンを放り投げ罪人達を蹴飛ばし、ドスドスと荒い足音を立ててレオナルトへ迫ってくる。
「ぐちょぐちょにしたァいっ!」
欲望に塗れた一つ目に、人間の頭を鷲掴める大きな手。巨大な身体。どれもこれも恐ろしい。
(……あぁ、そうだ。私が口にしたことの大半は嘘だ)
だがレオナルトは決してポールから目をそらさず、右手を掲げると、
「サンダーボルト!!」
雷魔法を発動し、青い稲妻をポールへ叩き込んだ――!
「ギィァアアッ!?」
真正面から雷を喰らったポールは悲鳴をあげ、口から黒煙をこぼし、どすんと地響きを立てながらその場に倒れ込む。
罪人達がどよめいた。
「雷を撃ち込まれたい奴は前に出るといい! 私が直々に炭へ変えてやろう!!」
地面に倒れ伏したポールの背中を踏み付け、レオナルトは宣言する。
「お、おいどうする!?」
「ポールがやられたんだ! 俺達が勝てる訳がねぇ!」
「しかもあのガキ、詠唱もなしに魔法を使いやがった……!」
「ひっ、ひぃいいいっ!」
恐怖に駆られた罪人の一人が走り出したのを皮切りに、他の者達も続々と集落の外へと逃げ出していく。
集落で最も力を持つポールが倒れたこと。詠唱もなしに魔法を放ったこと。その二つが効いたのだ。
(上手くいった……!)
険しい表情を崩さないようにしながら、レオナルトは内心安堵する。
なぜレオナルトが直ぐに見抜かれる演説めいた牽制をしたのか。そもそも物陰から魔法を仕掛けるのではなく、姿を現してから使うという危険を犯したのか。
口上に詠唱を織り交ぜ、無詠唱魔法を使ったように見せかける為だ。
無法に魔法を繰り出す人間など、もはや生物兵器。実例として、人間よりも遥かに頑丈なサイクロプスのポールを一撃で倒す様を見せ付ければ、目論見通り罪人達は青ざめ慌てふためき、蜘蛛の子を散らすように姿を消してくれた。
罪人達がいなくなった所で、レオナルトはすかさずグレンへ駆け寄り、蔦の拘束を解こうとする。
「グレン! 今のうちに逃げるぞ!」
「……何で、来たんだ」
「何でも何もあるか! っ、ええい! 固いなこの蔦! 何か刃物は……っ!」
ゴッ!
鈍い音が、レオナルトの腹部から響く。次いで衝撃を受ける背中。全身に走る激痛。
ポールに殴られ建物に叩き付けられたのだと、レオナルトは認識するのにしばし時間を要した。
「がは……っ!」
背中から叩き付けられた建物からずり落ち、地面に転がるレオナルト。
痛みから動けない彼の元に、怒り心頭といったポールがズンズンと荒い足音を立てて迫ってくる。
「痛いじゃないかぁ! よくもヤッたなァ! ちょっとカワイイからって油断したァっ!」
(まともにサンダーボルトを受けたというのに、もう動けるのか……! やはり、モンスターだな、回復が早い……!)
起き上がって体勢を立て直さなければ。口を開けて詠唱を唱えれば。
死ぬ。
頭ではわかっていても身体はまるで言うことを聞いてくれず、レオナルトは僅かに顔をあげることしかできなかった。
下卑た笑みを浮かべたポールが、視界を覆い付くように、眼前にいる。
「……っ!」
恐怖と絶望から、反射的に目を瞑るレオナルト。このまま鋭い痛みを味わうことを覚悟したが――
ドカッ!
訪れたのは痛みではなく、鼓膜を揺らす大きな音であった。
何事かとレオナルトが開けた金眼が見た景色は、グレンがポールの脳天に足をめり込ませている景色であった。
二階建相当の高さにあるポールの頭上まで飛び上がった、グレンの脚力に唖然とするレオナルト。しかし頑丈なポールにはさしたダメージにはなっていないようで、手を振り回し「いたァい」と喚くに留まっている。
「おい坊ちゃん! 火ぃ出せ!!」
グレンに請われ、レオナルトはハッとして未だ痛む右手を掲げた。
「赤く輝く炎よ! 我が情熱に応え、活路を導く灯火をここに灯せ……! ファイヤーボール!!」
ゴウッ!
レオナルトの右手から放たれた炎の球はポールへ直撃し、その巨体を赤で包んでいく。ポールの頭上に乗っていたグレンもまた炎に巻き込まれてしまうが、それが狙いだったグレンはにやりと口角をあげた。
この燃え移った炎によって、手を拘束していた蔦を焼き切ることができるのだから。
「あァあああ! 熱い! 熱いンだぞぉっ!!」
「ぎゃあぎゃあうるさいぞ、デカブツ」
両腕が自由となったグレンは、炎の熱さで暴れ回るポールの脳天を鷲掴み指を食い込ませ、逆立ちになると……
「うぉおおおおりゃああっ!!」
その場でぐるんと回転し、遠心力を乗せた蹴りを、ポールの一つ目に打ち込み、頭部を貫いた――!
「ギィアアアアアアッ!!」
次いで大地を揺らすほどの断末魔が、密林へ響き渡ったのだった。