第六話 嘘つき
抜き足、差し足、忍び足。
島をうろつくモンスターや罪人に見付からないよう、レオナルトは密林の中の獣道を慎重に進んでいた。しかし密林は自然の姿のままで整備がされておらず、歩き難い。
少しでも歩きやすい場所を、となると、踏み慣らされている地面を選ぶことになり、どうしても人が行き交う集落の側を通ることになってしまう。
(ポール一味と鉢合わせるのは嫌だが、転んで怪我をするは更に避けたい。頭を打ってしまってはことだからな。背に腹は変えられん……)
どうか何事もなく通り過ぎることができますように、とレオナルトは心の中で念じながら集落の脇を通り過ぎようとする。
だがその時、罪人達の喝采にも似た大きな声が聞こえてきて、レオナルトは反射的に視線を向けてしまう。
(何だ? 宴でもしているのか?)
集落を囲う柵。その隙間の向こう側では、罪人達が湖の大蛇の肉らしき白身肉を食い散らかしながら、二階建相当の建物の前に集まっている。
そこでレオナルトはぎょっとした。
何せ建物の前に、伊達とほとんど同じ背丈を持つ一つ目の巨人型モンスター、サイプロクスが立っていたのだから。
「流石はポール様!」
「俺達では手が付けられなかった奴を叩きのめしちまうなんて!」
「お強いですねぇ! やはり島の最強は貴方だ!」
「へへ、へへへっ」
罪人達に褒めちぎられているサイクロプスは、毛髪のない頭を大きな手でぼりぼりとかいている。
彼らは確かにサイクロプスを『ポール』と、この集落を束ねているリーダーの名で呼んだ。
(あ、あいつら! モンスターを担ぎ上げ、従っているのか……!?)
レオナルトはてっきり、カリスマ性のある罪人が集落を仕切っているものだと思っていた。思い込んでいた。
しかし実際は違った。
罪人達はモンスターの蔓延るこのアスタロス島で生き抜く為、同モンスターの下に降ったのだ。
王国の常識ではあり得ない、歪な秩序を目にしたレオナルトは背筋を凍らせる。
「そンでこいつ、どうすっか。もう殺スか?」
不意にサイクロプスことポールが右手をあげ、何かを持ち上げた。
(……グレン!)
ポールが手にしていたのは、首を鷲掴んだグレンであった。彼は蔦で両腕を後ろで拘束され、頭から血を流し、銀髪が赤く染まっている。
レオナルトは叫びそうになった口を手で押さえ、何とか声を押し殺す。
「いえまだです!」
「こいつには散々、煮湯を飲まされられたんだ! もっと痛めつけねぇとなぁっ!」
「何度誘っても無碍にしやがって! 生意気なんだよ!」
「挙句ポール様が楽しみにしていたモモモを盗るたぁな! 宥めるの大変だったんだぞ、こちとら!」
宙ぶらりんになった無防備なグレンに向け、続々と石を投げ始める罪人達。
その罪人達の発言を聞いたレオナルトは、さっと血の気が引いた。
(……この状況は、私の所為、なのか?)
モモモを盗んだのはレオナルトである。沢山実っているので一つ二つなくなってもバレないだろうと、モモモが好物なこともあり、軽率に盗ってしまった。
それがこんな事態を招くなど想像もしていなかった。
後悔している間にも石は投げられ続け、グレンどころかポールにも当たってしまっている。尤も頑丈な肉体を持つポールにとって投石はそよ風も同様なようで、平然としているが。
「……へっ。なぁにがお強いポールサマ、だ」
その時、グレンがかすれた声で喋った。
「俺がやられたのは頭に当たった石で、お前じゃねぇよ」
「……。あ?」
「下っ端がいなきゃ何もできねぇ、ノロマが」
直後、ポールの毛髪のない頭部にビキリと青筋が浮かび、右腕をグレンごと振り回す。
当然、近くにいた罪人達も巻き込まれ、ポールの拳や腕が当たった者は柵の方まで吹き飛んでしまった。それでもポールの気は収まらないようで、何度もグレンを地面に叩き付ける。
がはりと、グレンの口から血が吹き出た。
「そうダ。おめぇ金髪のガキを見なかっタか?」
グレンを叩き付けた地面が陥没したところで、幾らか落ち着きを取り戻したらしいポールが、不意に彼へ問いかける。
金髪のガキとは、レオナルトのことで間違いないだろう。
「オイラ好みって聞いたンだぁ。教えてくれたらこの辺で勘弁してヤるよ」
にたにたと下卑た笑みを浮かべるポールに、レオナルトは寒気を覚えた。
(言え! 言うんだグレン! 私と会って話したと! 湖の近くを拠点にしていると! モモモを盗っていたと! 私の所為でこれ以上、貴殿が傷付いてはダメだ!!)
しかしそれでグレンへの暴行が止まるのならばと、レオナルトは木の陰に身を潜めながらも必死に念じる。グレンの一刻も早い解放を願う。
そんな思いが届いたのか否か、ポールに問いかけられたグレンはふっと力無く笑い、
「知らねぇ」
レオナルトを、秘匿した。