表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/35

第四話 一匹狼

 パチ、パチチッ

 日が暮れた密林の中で、焚き火が静かに音を立てる。

 その焚き火の前で、隻眼の男はダガーナイフで細切れにした湖の大蛇(ストーシー)の鱗を落とし、骨を抜く。昨日の内に血抜きは済んでいるので、ナイフが赤く汚れることはなかった。隻眼の男はそのまま白身肉の両端を木の枝で突き刺し横に広げ、塩気のある木の身を潰してまぶした後、地面に突き立てる。

 あとは三分も待てば蒲焼きができる。隻眼の男は同じ作業を幾度か繰り返し、晩飯に十分な数の肉を地面に並べると、余った部位は近場の木の枝に突き刺して吊るし、干し肉にする作業に取り掛かった。


「貴殿は器用なのだな」


 その肉を吊るそうとした木の裏から、レオナルトがひょっこりと顔を出す。

 突然の登場だったものの、隻眼の男はさして驚くことなく、ただ呆れた様子で盛大にため息を吐いた。


「お前、殺されに来たのか?」

「甘味は好きか?」


 レオナルトはあえて隻眼の男の言葉を無視し、右手に持っていたものを投げ渡す。

 それは薄桃色をした丸い果実、瑞々しい甘さを持つモモモであった。


「鑑定魔法で選別した、いっとう甘い物を取ってきたぞ」


 腰に手を当て、ふふんと自慢げに語るレオナルト。

 投げ渡されたモモモの果実を難なくキャッチした隻眼の男は、手の中のモモモの果実を一瞥すると眉間にシワを寄せた。


「お前これ、ポール一味のテリトリーにある奴じゃねぇか。傘下に入ったのか?」

「いいや」


 するとレオナルトはその場で詠唱を唱え、眩い光と共に魔法を発動させる。

 隻眼の男は反射的に身構えたが、魔法の効果は隻眼の男ではなくレオナルトへ作用し――姿を別人へと変えた。

 レオナルトは今、金髪金眼の青年ではなく、集落の門番の姿をしている。


「変身魔法で門番に変装し侵入。頂戴したっ!」

「なるほど、お前の罪状は窃盗と……」

「ちっがーうっ!」


 それが良きせぬ誤解を生んでしまい、レオナルトは慌てて変身魔法を解くとわたわたと手を振り、全身で否定を表す。


「私は不手際でここに送られたのだ! そして変身魔法は本来、偵察に使う魔法っ! 窃盗目的で使う訳がないだろう!」

「実際に窃盗で使った奴に言われてもなぁ」

「それに持続時間は短く、防犯魔法具に簡単に引っかかる! 王都ではイタズラにしか使えないチャチな魔法だ」

「へぇ。お坊ちゃんは王都から来たのか」

「そう言う貴殿は北の港街から来ただろう」


 ぴくり。隻眼の男が眉をひそめた。

 当たりらしい。レオナルトはほくそ笑む。


「焼印の位置は地域によって決まっている。首筋は北の街だ。そして銀髪は港街の人間に多く見られる特徴。どうだ?」

「……」


 隻眼の男は何も答えないまま、くるりと背中を向けると焚き火の側へ向かう。そして地面に刺していた蒲焼きを手に取ると、レオナルトへ差し出してきた。


「これ食ったら失せな」

「ちっがーう! 私は物々交換をしたくて来た訳ではないっ!!」

「あ? じゃいらねぇんだな」

「……いや、差し出してくれた物は頂くが」


 隻眼の男が手を引っ込めるよりも前に、さっと湖の大蛇(ストーシー)の蒲焼きを奪い取るレオナルト。


「ぶっ、何だそりゃ」


 その遠慮のなさを見た隻眼の男は思わず吹き出し、


「がめつい奴」


 顔を綻ばせた。


(これは、いけるのでは?)


 気の抜けた姿を見せてくれたことに、レオナルトは心の距離が縮んだと判断。試しに隻眼の男に許しを得ず焚き火の前に座ってみると、隻眼の男は呆れつつも追い払うことはしてこなかった。

 それどころか隻眼の男はレオナルトの隣に座り、モモモの果実を皮ごと齧り始める。小さな声で「甘ぇな」と呟いたのが聞こえた。


「本題だが、一匹狼よ」

「おい。それ俺のこと言ってんのか?」

「今日はずっと様子を伺っていたが、貴殿は集落の人間とつるまず一人で行動した。一匹狼で間違いなかろう」

「やたら視線感じると思ったらお前かよ」

「一匹狼が嫌ならば名無し(ジョン・ドウ )でもいいが? 呼称がなければ呼び難いからな」

「……グレン」

「うん?」

「名前。『グレン』だよ」


 グレン。隻眼の男の名は、グレン。

 ようやく名前を教えてくれたことに、レオナルトはぱぁっと満面の笑みを浮かべ歓喜した。


「お、お、お! グレン! グレンか! よき名前だな!」

「うるせぇ。そんな連呼すんな」

「では改めて、グレンよ! 私と共にアスタロス島を脱出しないか?」


 レオナルトはグレンにずいと身を寄せ、ずっと提案したかったことを伝える。

 ぴくりと、グレンの片眉が動いた。


「見ての通り私は魔法が使える! 転送魔法もだ! 私個人の魔力では足りないが、魔石で補えば大陸へ渡れる! 魔石を確保する算段も既に考えていて……!」

「で?」


 興奮して話すレオナルトとは対照的に、冷めた様子で喋るグレン。


「話はそれだけか?」


 脱出に興味がないと、態度で示している。


「『それだけ』で流せる話ではないだろう!? 大陸へ渡れるのだぞ!? 貴殿の故郷に戻ることも……!」

「戻ってどうすんだよ」


 がぶり

 グレンは大口でモモモを齧り、柔らかな果実を咀嚼する。


「石の的になれってか? 唾を吐きかけられに行けってか? 白んだ目で見られろってか? はたまた見せ物にされろってか?」


 次いでブッと、彼は果実の中にあった種を地面へ吐き出した。


「俺はそんなのごめんだね」

「……すまない、軽率な発言だった」


 不手際で流刑地へ送られたレオナルトと異なり、グレンは相応の罪を犯した結果ここにいる。

 故郷に戻ったところで、居場所がない。それを失念していた自身の浅薄さに、レオナルトは恥じた。

 だがそれも束の間。レオナルトは肉を食べ終えた串を焚き火の中へ放り投げると、胸元に手を当てこう言った。


「では、王都に来るというのはどうだろうか!!」

「あ?」

「王都の城下町ならば多種多様な人間がいる! 貴殿のように焼印を付けられた者もな! いすぎて気にも留めないレベルだ! 何せ王都は故郷を追い立てられたはぐれ者が、仕事を求めて来る場所でもあるのだからな!」


 レオナルトは真剣な眼差しをグレンへ向けたまま、言葉を続ける。


「流石に貴族街は容易に歩けないかもしれないが……。いや、それでも! 腕の立つ貴殿ならば騎士団員にも近衛兵にもなれるだろう! 私が保証する! 口添えも可能! どうだろうか!?」

「どうってお前、誰に向かってそれ提案してんのかわかってんのか?」


 それでもグレンは態度を変えず、


「俺は神官を嬲り殺した殺人鬼だぞ」


 淡々と、自分の罪状を述べた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ