第二話 渦巻く陰謀
「つまり」
サランディア王国王城の中。壁際にソファが並ぶドローイングルームにて。
純白の騎士団服を一分の隙もなく着こなし、背筋を伸ばし胸を張り、堂々たる佇まいをした金髪金眼の男――第二王子『ヴィクトール』は、頂部に青い宝石が嵌め込まれたステッキを片手に、跪く大臣と宮廷魔法師を見下ろしていた。
「おぬしはレオナルトをただ城外へ追放するつもりが、宮廷魔法師の不手際で王都の外に転送させてしまったと? 挙句、所在がわからなくなってしまったと?」
「さ、左様で……」
ドンッ!
ステッキが絨毯越しに床に叩き付けられる。
「ひぃっ!」
その音に驚いた大臣は情けない声をあげ震え上がった。
「じ、じ、事実でございます! 私めは国王殿下を謀反から救おうとしただけでございます! しかし失態を犯したことは事実! 私も! 我が部下『オーウェン』も! 如何なる処罰だろうと甘んじて受けましょう!!」
必死に供述する大臣に、ヴィクトールは片眉をひそめる。
末の弟レオナルトが転送魔法によって王城から消えてしまった場に、ヴィクトールはいなかった。だが国王陛下は公務の外遊が控えており、取り調べる時間がないからと、その役をヴィクトールへ押し付けてきたのだ。
(不可解な点が多いものの、現場にいなかった私では調査に限界があるな)
大臣の頑なな様子から、拷問をしたとして真意を吐いてくれる気がしない。
ならばと、ヴィクトールは大臣の斜め後ろで膝をつく宮廷魔法師『オーウェン』へ視線を向けるが、怯える大臣とは対照的に彼は顔色一つ変えていない。
絨毯の上に置いた杖をぼんやりと虚空を見詰めるばかりで、心ここに在らずといった様子だ。
(元より無口な御仁であったが、あそこまで覇気のない男であったか?)
まるで魂が抜けてしまったかのような姿。ヴィクトールは不気味さを覚えた。
更に探りを入れようと口を開いたその時、近衛騎士が「失礼します」と挨拶を挟んだ後にドローイングルームへ入室。ヴィクトールの側へ駆け寄ってきた。
「ヴィクトール王子、国王殿下から言伝です」
「何だ。申せ」
「執務を放って、あまり余計なことに時間を割くな。と」
ぎちり。ステッキを握る右手に力がこもる。
国王陛下は直ぐに解決が図れなそうならば捨ておけ、と言っているのだ。政治的利用価値の低いレオナルトの行方などどうでもよく、大臣と宮廷魔法師に不審な所がなければそれでいい。優先されるのは国政であって真実の解明でも人探しではない。
大局を見ていると言えば聞こえがいいが、事勿れ主義とも言える、消極的な判断だ。
ヴィクトールは眉間のシワを深め、一つため息を吐くと近衛騎士へ命令を下した。
「レオナルトの捜索を。王国中探せ。大臣の証言が事実だろうとそうでなかろうと、レオナルトがいなければ判断できぬゆえ。また大臣とオーウェンには謹慎処分を下す。見張り付きでな。勝手はできぬと思え」
「はっ!」
「では解散とする」
そう締め括ったヴィクトールはマントを翻し、大臣らに背を向けドローイングルームを退室する。
ヴィクトールの姿が完全に見えなくなったところで、大臣は頭を下げた体勢のままほくそ笑んだ。
(末の王子はアスタロス島に飛ばしたんだ。見付かるはずがない。何ならもうお陀仏した可能性も……)
大臣は知っていた。レオナルトがどこに転送されたのかを。
そこへ追放するようオーウェンに命じたのは、大臣に他ならないのだから。
(謹慎でも拷問でも何でもするがいい。あのロケットペンダントさえ表に出なければ、私の計画は成功する……!)
水面下で動く大臣の思惑に気付く者は、まだ誰もいない。
◇
「坊ちゃん。レオナルト坊ちゃん」
穏やかな声と共に、ゆさゆさと優しく身体をゆすられる。
「そろそろ朝食の時間ですぞ」
「うぅん、爺や。あと五分……」
しかしまだ柔らかな布団の中に包まれていたいレオナルトは、爺やの手を振り払おうと寝返りを打ち、
ガンッ!
頭を岩壁にぶつけた。
「はっ!?」
その痛みで目を覚ましたレオナルトはがばりと起き上がる。
目の前にあるのは天蓋付きベッドではなく、固い岩に囲まれた洞窟。地面に葉っぱを敷き詰めてみたものの、気休めにしかならず、固い場所で寝た結果、身体の節々が痛む状態だ。
レオナルトはふらつきながら、洞窟の扉代わりに使っていた木の板をどかし、外へと出た。
その先では昨日と変わらず、密林が広がっている。
(……。まずは食事を用意しなくては……)
王都にいた頃の夢を思い出すと気が滅入る。レオナルトは考えないようにして、学園服についた土を手で払いながら湖に向かった。
湖はそこを占領していた湖の大蛇がいなくなった為、今は安全に使える。それでも昨日の失敗を反省したレオナルトは警戒は解かないまま、水分補給をすませた後、
「蒼穹を裂く雷よ。我が意志に応え、裁きを下す光となれ。サンダーボルト!」
雷魔法で魚を感電させ水面に浮かばせた。
(湖の大蛇がいなくなったところで、いずれ他のモンスターがここをテリトリーにする。拠点として使える内にあの隻眼の男を仲間に引き入れたいが……。どこにいるのやら)
獲った魚を炎魔法で炙りつつ、レオナルトは隻眼の男について考える。
昨日、レオナルトは湖の大蛇が引きずられた跡を辿って隻眼の男を探したのだが、跡は途中で消えてしまっていて、結局見付けることができなかった。
(ここから北に向かったのは間違いないはず。今日は朝から行動できるんだ、捜索範囲を広げてみよう)
あと何か、武器になりそうな物が欲しい。
丸腰で心許ないレオナルトは足元にも気を配りながら、見通しの悪い密林を突き進んだ。