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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

地獄と安らぎ

作者: ゆりかもめ

月明り1つない真っ暗な夜のこと。


少女は、街の明かりを頼りに友人の家に向かっていた。


少女の名は美月(みつき)という。年齢は17歳の高校2年生だ。


白い長髪。目元が完全に隠れるほどの前髪。そして、高校の制服やスカートから伸びる細い手足。


華奢な体躯をもつその少女は、数時間ほど自動販売機のすぐ横に滞在し、スマホゲームに没頭していた。


高校の授業が全て終了した後、どうにもまっすぐ帰宅する気になれなかったのだ。


そのため、自動販売機で購入した薬品の香り漂う炭酸ジュース片手に長時間スマホゲームをしていた。


それだけならまだしも、スマホにかからないよう最低限の注意をしつつ、中身の入っている缶を無表情かつ無言で勢いよく地面に叩きつけたり踏みつけたりして、自らの制服を飛び散ったジュースで汚す様子は周囲から異様に見えただろう。


さらに、自身のカバンも地面に叩きつけたり蹴り飛ばしたりした。おかげでカバンが砂ぼこりまみれだ。


しかし、これらは全てゲーム内のステージが上手く攻略できないうっぷん晴らしのためだ。美月にとっては仕方のないことなのだ。


美月が舌打ちとともにゲーム画面を閉じ、スマホをスカートのポケットに入れた時には、既に日が暮れていた。


それから、腰を下ろしぼんやりと空を眺め続けて夜になった時、突如として同性であり同年齢の友人から「遊びに来てほしい」と電話がかかってきたため誘いに乗った。


そして、現在に至る。


歩き始めておよそ10分。


美月は友人宅の玄関扉の前に立った。


そして、カバンから合鍵を取り出し扉を開ける。


靴を脱ぎ、シンと静まり返る室内を進み、突き当たりにある階段をのぼると、目の前にあった部屋の扉を開いた。


その瞬間。


中から、エナジードリンク独特の甘いにおいが漂ってきた。


まず、目に入ったのはエナジードリンクの空き缶の山とヒビの入ったデスクトップパソコンのモニター。


インスタント食品やジャンクフードの空き箱がパンパンに詰まったゴミ袋が大量に転がっており、ベッドの上には指紋で汚れたタブレット端末が置かれていた。


そんな部屋にいたのは。


美月の友人である少女夢月(むつき)だった。ジャージを着用し、黒いショートヘアーが特徴的な少女だ。ベッドに座った状態で、涙目になってバキバキに割れたスマホの画面を凝視している。


連絡してきたのは彼女である。


だが、美月が来たことを知るやいなや、顔を美月の方に向けて


「遅いよ!待ちすぎてボク自殺しようか悩んでたところだった!」


スマホを投げ捨てそう叫んだ。


美月の顔を見た時発した喜びと怒気が入り混じった夢月の声音から、美月のことを待ちわびていたことがわかる。


美月が夢月と仲良くなった経緯は全く覚えていないが、10年以上の付き合いがあることは確かだ。そして、互いの事情や性格はよく知っており理解している。


また、本来ならば今もなお同じ学校に通っているはずだったのだが---


「まあまあ座ってよ!そんなところに立ってないでさ!ボクが落ち着かないよ!さあさあさあさあ!早く!」


今度は満面の笑みを浮かべ、自身のすぐ横を手の平で何度もバンバンと叩き始めた。


そんな夢月を他所に、美月は部屋にある小型冷蔵庫を開けた。


中には、夢月の好物であるエナジードリンクが大量に入っている。さらに、どういう訳か開栓済みのエナジードリンクも数本入っている。


また、ペットボトルに入ったブラックコーヒーも入っていた。


ブラックコーヒーを1本手にして首をかしげる。たしか夢月は苦い物が大嫌いだったはずだ。


「ああそれ?それね、美月のために用意したんだ!美月ってブラックコーヒー好きでしょ?ボクは絶対飲まないけど!だからエナドリと一緒にネットで買っておいたんだよ!いわゆるサプライズってやつ?サプライズって嬉しくない?ボクだったら嬉しいなって思うな!だけどボク、コーヒーは飲めないよ?カフェオレも苦くて無理だし!」


買ったとは言っているが、夢月が母のクレジットカードを無断で使用しただけであることは知っている。そして、母自身も黙認している状態だ。


とは言っても、用意しておいてくれたのは夢月の好意なのだろう。


美月は、冷蔵庫からブラックコーヒーを1本手に取り冷蔵庫の扉を閉めると、夢月のすぐ横に座った。


そして、キャップを開けてコーヒーを飲む。


さっぱりとした味わいだ。悪くない。


飲むのを中断しキャップをしめつつ視線を横に滑らせると、夢月が美月の顔をゼロ距離で見てニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「満足そうな顔してる!買っておいてよかった!」


「そういえば、この前新しいエナドリの味出たんだよね」


「本当に!?じゃあコーヒーのお礼にまとめて30本ちょうだい!」


「1年後ね」


「そんなに待てないし!その間にボク死んでるかもしれないじゃん!電車に轢かれてぐっちゃぐちゃになってさ!」


夢月は怒りながら冷蔵庫の扉を開け、未開封のエナドリを1本手に取った。


そして、勢いよく開栓し、真上を向いて喉を鳴らしながらエナドリを飲む。


「あー!いい!脳にガツンとくる感じ!最高!」


そう喜び一気に飲み干すと、空になった缶を足で潰し蹴り転がした。


「そういえばさ、美月今日も学校行ってたんだよね?」


身を乗り出してそう尋ねる夢月。


「あんな場所よく行けるよねー。ボク思うんだ。学校って、校則という手かせ足かせで生徒という名の囚人を縛り、教師という看守が囚人を管理し校長という事実上の独裁者が学校内の全てを支配する現代の強制収容所だって」


それに、と息継ぎをして言葉を繋げる。


「教師とかいう狂ったババアやジジイの戯言を鵜呑みにする、生徒と呼称されているうじ虫同然のきっしょい連中!どいつもこいつもきもい!きもすぎる!カルトみたいだね!所詮人間は血肉と内臓が詰まった肉の袋なのに!」


大声を上げ、夢月はエナジードリンクの缶を壁に叩きつけた。そして、その怒りが収めるべく、空き缶を力任せに踏みつぶす。


夢月の過激な言動は今に始まったことではない。


小学生の時から鞘付きのナイフを持ち歩き、気に入らないクラスメートや教師を容赦なく突き刺していた。


その性格は今も変わらず続いているため、こうして美月の前で怒鳴り散らし暴れるのだ。


そんな夢月を長年見てきたため既に慣れている。今更恐怖心を抱く理由がない。


コーヒーを飲みながら美月は言う。


「夢月は学校嫌い?」


「だいっきらい!何もかもが大嫌い!できるなら存在ごと消し去ってやりたいよ!」


「私も嫌い?」


そう言った時、缶を踏みつける夢月の足が止まった。


そして、体をゆっくりと美月の方に向けよろよろと歩を進める。


それから、美月を抱きしめ涙を流した。


「そんなわけないじゃん!美月だけは例外だし将来ボクと・・・」


何かを言おうとしたものの、夢月は首を横に振った。


「ううん。今はこうして一緒にいられるだけで幸せだもん!今は言わなくていいや!」


美月から体を離し、今度は笑みを浮かべた。感情の起伏が激しいのも夢月の特徴だ。


「ところで、ボク思うんだ。いつの日か学校の生徒全員実験用のモルモットになっちゃうかもって。もしくは狩猟鳥獣の1匹に指定されて銃で撃たれちゃうかも!それに加えて、ワイヤー使った罠とかで捕獲されて足の骨折れちゃうかも!」


「ふふ、じゃあ私もハンティングの対象になるのかな」


「大丈夫!さっきも言った通り、美月は例外だしその前にボクが美月助けるから!学校のきっしょい奴ら全員皆殺しにしてでもね!」


そう言いながらベッドの下から何やら取り出した。


新品の包丁だ。錆び1つ付いておらずギラギラと輝いている。


「これを使えば人間なんて簡単に殺せちゃうから!もし美月が危ない目に遭ったら絶対にこれ使って助けるよ!」


夢月は、包丁片手に再度冷蔵庫を開け、今度は飲みかけのエナドリに手を伸ばした。


夢月が何を思い何を言おうとも関係ない。少なくとも美月はそう思っている。


夢月は現在高校に通っていない。小学校から高校に至るまで、美月と同じ学校に通っていたが、高校二年生になって間もなく登校拒否をしたのだ。


学校が嫌になった。授業も人間関係も何もかもが嫌になった。登校拒否の理由についてはそう言っていた気がする。


「この世は地獄。だれもかれも地球という名の監獄に閉じ込められているんだよ。ボクも美月も・・・劣等感に押しつぶされそうな毎日送ってて気が狂いそうになる」


そう言い、エナドリを飲み終えると空き缶を壁に投げつけた。


そんな時だった。


美月のスカートのポケットに入っていたスマホが鳴り響いた。


兄からの電話だった。


数秒考えた後、画面をタップし耳に当てる。


「メッセージ送っておいたからアプリ確認しとけ」


そう言われ一方的に電話を切られる。


言われたとおりにメッセージアプリを開くと、そこには、兄の録音したメッセージと文章が書かれていた。


実は、美月は学校に通いつつ、動画投稿者として活動する1人暮らしの兄と業務委託契約を結び、サムネイルと動画の原稿を作る仕事を2年間続けているのだ。


これらを納品し、その数に応じて毎月決まった日に報酬が口座に振り込まれる。


いわばアルバイトだが、一般的な女子高生以上に経済的な余裕を持っていると美月は予想している。


しかし、兄から手厳しい指摘を何度も受けており、ストレスで何度も散財していることも確かである。そのせいで最近はスマホゲームの課金額も増えた。ストレスを覚えると金遣いが荒くなる。少なくとも美月は。


そして、今回も同じくダメ出しの言葉が書き連ねられていた。上手くやったつもりだったが、今なお兄の理想とする物を納品できていないらしい。


最悪な気分でメッセージを読む。録音メッセージも添付されているため後で聞かないといけない。そう考え舌打ちをして、画面を閉じようとした時だった。


「美月はさ」


夢月の声がした。包丁を手にしたまま正面に立ち、目を見開いている。


「社会貢献できて偉いよね。動画作る仕事やってお金もらってるんでしょ?すごいよねー。いや、知ってるよ?美月、お兄さんと一緒に動画作ってるって前に教えてくれたもん。知ってるんだけどさ・・・」


一呼吸おいて。


「だけど!」


クローゼットの扉を殴りつけ、美月の喉元に包丁の切っ先を向けた。


「分かる!?ボクは不登校で何もできないのに、美月は学校行って仕事もしてるって改めて考えただけで惨めな気持ちになるんだよ!これ以上ないくらい劣等感を覚えるの!」


包丁の先端がわずかに皮膚に食い込んだ。皮膚が裂けて血が流れ出る。


だが、美月は身動き一つ取らず静観している。


夢月は続ける。


「なに!なんなの!なんなのこれ!?美月と同じ時代に産まれたはずなのにどうしてボクはこうなの!?ボクにできることってないの!?ボクって出来損ないなの!?ねえ!惨めになる!惨めになるばかりだよ!最悪!もうやだ!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!」


夢月の包丁を握る手に力が入る。このまま押し込めば美月の喉は容易に潰れるだろう。


しかし。


「あ・・・あああ・・・ああ・・・違う・・・違う・・・ボクは・・・ボク・・・」


そのまま後退すると、床に包丁を落とした。


美月は知っている。


夢月は他人を傷つけることはできるが、少なくとも殺害できないということを。


法で禁止されているから、人道に反しているといったきれいごとではない。


今以上に自分が惨めになるから殺人は犯せない。過去に夢月がそう言っていた。


だからこそ、美月は包丁を突き付けられ、殺意を向けられてもなお平然としていられたのだ。


さらに、美月は自分がいつ死んでもいいとも思っている。それに、こうしたやり取りは不定期に続いているため慣れている。


そう考えていると、夢月は怒りを叩きこむように床を殴り泣き叫んだ。


「美月と一緒にいることだけがボクにとって唯一の安らぎなのに!殺しちゃったら何もなくなるじゃん!何やってんの!?」


感極まった表情で美月を見つめる。


「ごめん!ごめんね!美月!痛かった!?痛かったでしょ!?喉の部分から血が出てるし痛そうだよ!なんでボクこんなことしたんだろ・・・本当にごめんね!」


そう言いながら、クローゼットの扉を乱暴に開け、薬箱に取り出した。


それから、薬箱に入っていた傷薬やガーゼで患部を消毒した後、絆創膏を患部に貼る。


「これで大丈夫・・・だよね?ねえ美月、ボクのこと嫌いになった?ボクのこと嫌な奴って思った?」


美月は、ただ静かに夢月を見つめる。


「ねえ、何か言って。ボクのこと嫌い?それとも・・・」


「好きだよ」


そう言い夢月の頭を優しく撫でた。


夢月のことは好きだがやや見下している。


友人であるとともに、見下すことで自身の優位性を感じていることは確かだ。そのために、わざわざ夢月の元に訪れ友人関係を続けている。それも確かなのだ。


そんな思いをよそに、夢月の表情が紅潮するのが分かる。


「本当に!?ボク、美月のこと殺そうとしたんだよ?それなのに」


言い終わる前に夢月を抱きしめる。


そして、サラサラの髪を丁寧に何度も撫でた。


「美月・・・」


夢月は声をあげて泣いた。美月の胸の中に顔をうずめて。


「嫌いにならないでね・・・絶対に嫌いにならないで・・・ボク、美月を失ったらもう・・・」


しばらくそうしているうちに、美月から体を離した。


美月は、体を屈めてスマホを操作すると、自分のカバンを手に取る。


「また来るね」


そう言い、部屋のドアノブに手をかけた。


「待って!せっかくだから泊って行って・・・」


そう言いかけたが、夢月は首を振った。


「ううん。ダメだよね。ボク美月に酷いことしちゃったし、これ以上わがままは言えないよ」


夢月は、自分に言い聞かせるように喋った。包丁で傷つけたことは悪かったと本心から思っているのだろう。


「じゃあねバイバイ。また絶対来てね」


どこかぎこちない笑みを浮かべ、夢月は美月を見送った。


美月は廊下の電気をつけ、玄関前に立つ。


そして、玄関に揃えておいた靴をはこうとした時、突然玄関扉が開いた。


「あら・・・美月ちゃん遊びに来てくれていたのね」


姿を見せたのは夢月の母だった。仕事から帰ってきたようだ。


顔は痩せこけており、疲れているように見えた。仕事の疲れもあるだろうが、夢月と暮らすことに心身をすり減らしているのだろう。


夢月の母は、美月を真っすぐ見つめる。


「私、あなたが夢月と友達でいてくれることはとっても嬉しいのよ。でも、あなた自身の将来が心配だわ。あの子があなたにとってよくない方向に向かわせようとしている。そんな気がするの」


そうは言うものの、今の美月にはそんな将来が全く思い浮かばない。


それに、夢月と時間を過ごすのは案外苦ではないのだ。


「夢月と会うのは嫌なら嫌って言っていいのよ?だって、このままじゃあなたが」


「私は大丈夫ですよ。今日は早く休んでくださいね」


そう言い頭を下げると、返答を聞かず玄関扉を開けて外に出た。


玄関前で立ち続けて数分後。


車で迎えに来た美月の母親がやってきた。


実は、部屋を出る直後、母親にスマホで「迎えに来て」とメッセージを送信しておいたのだ。


美月が夜遅くまで外出し、このメッセージを送信した場合、「ほぼ必ず夢月の家にいる」ということは美月の家族全員が知っている。


美月は1人で歩いて帰りたいと思っている。


しかし、夜道を1人で歩くことは危険だと注意されているため、致し方なく母親に迎えに来てもらっているのだ。


街灯に照らされ車の前で待機している母親の顔を見ると、どこか美月を蔑んだような表情を浮かべていた。早く夢月との関係を絶ち切れと言わんばかりに。


しかし、美月は見てみぬふりをして後部座席に座る。


そして、母親は運転席に座ってエンジンをかけ、車は自宅に向かって走り出した。

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