第6部隊
「----以上が先日の輸送任務時に起こった内容の詳細です。」
「ふむ。賊に襲われそうになって逆奇襲に討って出た…とは耳に挟んでいたが、まさか訓練生を勘定に入れて作戦を立てるとは、お前らしくないなオズワルド?」
先日の輸送任務時における帝国別働隊による奇襲事案。蓋を開けてみれば、まさか戦闘力なぞ紙塵以下と揶揄されることの多い部隊が圧勝…挙句の果てには相手士官クラスの捕虜まで確保するという快挙を成し遂げた。
もちろんそれは基地に詰めていたオールウェンの耳にも入っており、形式的な報告(主にレイウィック関連)だけではなく、より詳しい詳細を知るためにオズワルドをこうして自分の執務室へ呼び出した。
そして受けた報告はなかなかどうして愉快痛快。いち訓練生が敵士官を損害なく捕縛、それも完勝。それだけでなく堅物と評価されるオズワルドが、その作戦に最初からレイウィックを組み込んでいたことにオールウェンは大層驚いた。だがそこに叱責の念や軽蔑の念はない。
あのオズワルドが1回、たった1回拳を交えただけで認めたのだ。それがオールウェンにとっては面白くて仕方がなかった。
「技量的にも精神的にも問題ないと判断しました。捕虜の基準や扱いも座学はまだな為目を瞑るとして、彼は既に戦闘力だけなら攻撃性魔術を得意とする魔術尉官クラスの実力はあります。」
「ああ…それは私も認めるところだ。しかも…手札に制限を設けた状態で、だ。オズワルド、彼の魔法である『収納』、どれ程の拡張性や解釈と見る?」
収納…収納魔法術式は本来なら戦闘転用など考える者さえいない様ないわゆる『当たりのハズレ』の代表格。生物の収納不可、発動範囲の制限、容量は術者の魔力依存、挙げ出せばキリのないデメリットがある。評価としても『魔術師よりは少し有益か?』程度。
だがレイウィックの持つ収納魔法は、いや…レイウィックの操る収納魔法はこれまでの歴々の術者とは運用方法が根本から違う。魔術との合せ技による術式範囲の拡大、攻撃転用、防御転用、更に本人に魔術式開発の才があり、汎用性はこれからも伸びるだろう。
「…私は魔法師ではないので確実なことは言えませんが、魔術師が相手ならば完封、魔法師が相手でも魔法戦なら特定の状況次第では、といったところですかね…今は。」
「ほう?」
オールウェンは小さく相槌を打つだけで、その根拠となる続きを促す。
「収納魔法の遠隔操作、また入排出の自由度…あの魔法式を見るかぎり今は出来るかは不明ですが、解釈の拡げ方次第では大佐の『熱』さえも収納できるでしょう。」
「ふむ…熱に限った話ではないが、寒さや気体などの目には見えないが確かにそこに存在しうる自然現象や物理現象は魔術的には「半概念」というイメージとして捉えにくいものだ。彼の魔法は本来は物質を亜空間に納める為のものだが…解釈次第では十分可能だろう。これはますます今後が楽しみだ…しかし。」
「えぇ、今のポテンシャルを考えるのであればカリキュラムとして必要なのは軍事的教養と知識の座学のみ。それだけを履修すればよいと考えるなら半年も掛からずに終えてしまうでしょうね。」
レイウィックの現状の階級はあくまで訓練生。特定の座学のカリキュラムは最低限履修しなければならないが、他の術式学や物理学などの基礎又は応用座学、そして基礎体力訓練や基礎戦闘訓練などはもはや不要と判断出来るレベル。学校で行う座学や訓練のカリキュラムは、あくまで新兵として戦場に出せるレベルにするためのものであり、戦場に出るどころか敵指揮官を単独確保できる人間にはもはや必要のないものだ。
「特例で即卒業させることも可能ではあるが、人事部や上位佐官たちは騙せても流石に上のお歴方は勘付く可能性が高いな。レイウィック訓練生の腕を考えるならすぐに頭角を現し目に留まるだろうさ。そうすれば他部隊からの熱烈なラブコールと引き抜き工作のハリケーンだ。」
「であるならば、彼にはその影響を最低限受けない佐官クラスにまでなってもらうしかありませんね。つまり卒業後は素早く戦果を上げ推薦を獲得、大学校へ入学して佐官へ…と。彼も中々ハードな事ですな、おそらく実現すれば最年少佐官記録なのでは?」
「だからこそ注目を集めやすい。最速最短で事を運ばねば一気に持っていかれる…となると、ある程度の根回しは必要か。」
「ええ、そこはお任せします。」
オズワルドがそう言うとオールウェンは憂鬱そうな顔でため息を吐いた。
「私が一番苦手なことだ。」
「そこは後進のために頑張ってくださいとしか言えませんな。」
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「以上を持って上級軍学校教育課程を修了した事を宣言し、貴官を魔法尉官に任命する。…今後は中隊を任せるとしよう。よろしく頼むぞ?レイウィック中尉?」
「…はっ。謹んで拝命します。」
…早くないか?俺、入学してから4カ月しか座学学んでないんだけど?もっと言えば戦闘訓練とか野戦演習とか免除されたからほとんど軍学校的な実戦教育を受けていないんですが?
「大佐、一つ質問をよろしいでしょうか?」
「ん?なんだ?」
任命書をくるくると丸めながら教室から出ていこうとしたオールウェン大佐が振り返る…というかそれって普通くれるもんじゃないの?
「小官は入学してから座学しか受けておりません。それも術式学や魔力運用学などの専門分野は1回出席したのみ。代わりに軍歴学や戦時協定学などは全履修しましたが、こんな偏った履修で卒業してよろしいので?」
「ああ、それは構わん。そもそも一般も上級も所詮は心身ともに新兵の最低水準に持っていくための教育機関だ。基礎知識以外クリアしている貴官がこれ以上いる意味も無かろうよ。多いわけではないが前例はある。それよりもレイウィック中尉にはある目標を達成してもらわなければならないからな。」
そこでオールウェン大佐はその端正な顔をニヤリと意地の悪い笑みでこちらに向けた。嫌な予感しかない。
「なに、貴官なら簡単なことだ。ちょっと3年くらいで佐官になれ。」
「…ぇ?」
「佐官になれ。」
「いや、聞こえなかったわけじゃありませんよ?今の「ぇ」は、正気か?の反音です!」
「正気か?と聞かれればこの上なく正気だよ。それに私とオズワルドの試算だと3年も掛からなそうと踏んでいるよ。何やら完成したようだしな?」
この人は…なぜこうも簡単に手の内をすぐ見透かすのだろうか。精神干渉術式でも持ってるんじゃないかと疑いたくなる。
「さ…佐官と言われましても。確か大学校に入ることが出来るのは、一定の戦績と佐官以上の推薦が複数必要だったと認識しておりますが?」
「ふむ、それを知っているのであれば話は早い。推薦に関しては問題ない。目星と根回しはこちらでやる。貴官が必要なのは戦績…戦場での勲一等、軍略での功績、一騎当千の働き、何でも良いがとにかく目立て。そのステージはすでに整えてある。オズワルドのところに行け、詳細の説明があるはずだ。」
オールウェンはそう言うと今度こそ教室から出てゆく。トントン拍子で話が進んだが、自分自身はまだ何の詳細も知らないため、ここはおとなしくオズワルド中尉の所に行くしかないだろう。
「…嫌な予感しかしないんだよなぁ。」
意図としてはある程度の予測はできる。おそらく上が収納魔法の特異性…というよりも、俺が操る収納魔法の特異性に気づく前に確固たる地位を築いて手出しできないようにしようとしているのだろう。まぁそれでも横槍はあるだろうが、何の権限も持たないただの兵よりは融通が利く。まぁその方法に関しては今のところ蚊帳の外感が否めないけど。
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「来たか中尉、任官おめでとう…と言っておこうか。」
オズワルド中尉は輸送部隊に割り当てられた兵舎併設の訓練場に居た。輸送部隊も一応軍隊なわけで当然訓練場もあるわけだが、当然その規模は他の部隊に比べると狭い。そして併設してある武器庫も木製が殆どで、鉄製武器もあるにはあるが人数分揃っているとも言えないし、何より明らかに他部隊のお下がり感が拭えない状態だ。
輸送という任務の特性上、大事なのは戦闘よりも兵站等を安全に輸送することだ。しかし戦わなくても良いということでもないのだから装備や備品に格差を設けるのはナンセンス極まりない。
「詳細はオズワルド中尉から聞け、そう言われて来ましたが実際のところ何をすればいいのでしょうか?」
「…大佐は本当に説明を私に丸投げしたのだな。よろしい、では詳しいことは私の執務室で行おう。ついてくるといい。」
そう促されるまま訓練場近くの部屋へ案内された。執務室とは名ばかりの大人3人も入れば少々手狭な部屋だが、体裁を保つ必要最低限の備品や調度品は取り揃えられていた。そもそも幾ら魔術尉官とはいえ、中尉クラスが執務室を割り当てられるのは珍しい。しかしそもそも輸送部隊は佐官、尉官の割り当てが乏しいのが現状で、その構成割合は殆どが一般軍人が中心だ。
他の部隊では魔術佐官クラスが担う地位も、輸送部隊では魔術尉官クラスが執り行うのが通例だったりするのだ。
「さて、大佐からは大方いつまでに何になれ、と言った抽象的な事しか教えられていないのだろうから改めて説明しよう。まず中尉、君には目下の目標として長くて5年、欲を言うのであれば3年ほどで魔法佐官を目指してほしい。それも准佐ではなく正規の少佐以上だ。私たちは君という輸送部隊に最も適した人材と最も適した個人戦力を手放したくない…というのが本音だ。そのための措置と言える。」
ここまでは予想できていた事だ。しかしこれではこちら側に何のメリットもない。そんな考えを予想していたかのようにオズワルド中尉は続きを話し始めた。
「勿論これは此方側の事情だ。そこで、この条件を進めるにあたり此方からは君に佐官になるまでのバックアップを約束しよう。」
「バックアップ…ですか?」
「ああ、済まないが君の過去についてはある程度調査させてもらった。君のご両親の事についてもだ。それらの過去を踏まえ、君の成したい事について情報提供等を惜しまないそうだ。勿論これは大佐との個人的な契約になるが。」
「……。」
これには正直驚いた。過去の調査…まぁこれは軍属になるうえでは必ず行われる身辺調査だ。そこに批判の意はない。しかし中尉と大佐は、その過去を字面からの推測で何かあると当たりを付け、剰え協力すると言っているのだ。それ自体は個人的な約束事として取り付けられているが、少なくともオズワルド中尉とオールウェン大佐という部隊のトップの助力は有り難い。しかし逆に言えば何故そこまでするのかということだが。
「君のご両親…ソフィア先輩とガイル先輩には世話になった。大佐は同期としてだがな。」
驚いた…と同時に納得した。驚いたこととは両親が元軍人だったということと、2人と中尉たちが縁を結んでいたということだ。そして納得したことは、この契約がただの善意から来るものではないということ。
「…君のご両親は退役したとはいえ元魔術中佐と魔術大尉だ。言っておくがソフィア先輩、君の母親が中佐だ。」
「…マ?失礼しました。」
母、文字通り母は強しだった件。そういえば父親がいろんな意味で勝ってた事って皆無だったなぁ。
「2人は輸送部隊に何故いるのかというレベルで強かった。ソフィア先輩は白兵戦のプロ、ガイル先輩は防性魔術のプロだった。……そんな2人が子どもを守りながらとは言え、野党如きに後ろから一突き?笑えない冗談だ。」
オズワルド中尉の周りが一瞬漏れ出た魔力で歪む。いつもは凪のように全く揺らぎのない精密な制御を行なっているオズワルド中尉がだ。それほどに感情が揺れていたのだ。
「…失礼した。故に君はご両親の忘れ形見。孤児院を出なければならない年齢になれば、何らかの形で保護しようと考えていた。お二人の子どもだからな、魔力が発現しているのは知っていた。軍属を希望しているのも知っていたから、学校を卒業と同時に大佐が手を回そうとしていたが…成人の儀で魔法を発現したと聞いて驚いたぞ。まぁ個人的には独学での魔術開発に加え、それを応用しての白兵戦闘の高さに驚かされたがな。」
「なるほど、そんな繋がりが。しかしオズワルド中尉もオールウェン大佐もそんな素振りは全く見せませんでしたよね?」
「当然だ。幾らお二人の子どもとはいえ軍にとってそれは私情。レイウィック中尉が成そうとしていることに力量不足と判断すればこんな提案はそもそもなかったさ。」
あくまで俺の力量が一定水準に達しており、かつ有用であると認められたが故の…というわけか。同情などというものなんかよりも余程納得出来るというものだ。
「承知しました。それではその提案、喜んで受けさせてもらいます。ところで具体的にはどういった方法や方向性なんです?」
「うむ、まず復習になるが魔術師及び魔法師が組み込まれる場合の隊編成は頭に入っているか?」
「えぇ、その場合の隊編成は…」
一般軍人のみの隊編成の場合(歩兵部隊、輸送部隊、工作部隊など)は、大隊を400名とし、それを中隊100名の4つへと分ける。そこから各50名編成の小隊、さらに10名編成の分隊となる。
しかしそこに魔術師及び魔法師が組み込まれるとなると編成人数が激変する。まず大隊が200名、そして中隊が20名、小隊が5名、分隊が2名若しくは3名である。この編成はその各全隊に対して魔術師及び魔法師が5分の1以上いる場合に適応される。
「よろしい。そこで君には特務分隊を率いてもらうことになる。」
「…申し訳ありません中尉。私の勉強不足なのか知らない単語が出てきました。」
「安心するといい。軍務用語集には出てこない君のために作られた造語だ。この特務分隊は分隊規約上の3名として編成し、指揮系統はオールウェン大佐の直下となる。軍備品輸送は基本的に中尉の収納魔法を運用、人員配置は中尉を分隊長とし分隊員は魔術師2名を配置。故に特務分隊とする。」
なるほど…確かに理に適っている。収納魔法を使えば大きな荷馬車を使う必要もなければ馬もいらない。敵から輸送部隊と認識され攻撃を受けるリスクも格段に減る。さらに、人数は最小限かつ魔法師+魔術師2名で固めるならば余程の戦闘にならなければ切り抜けることは可能だろう。
しかしふと気付く。現在の輸送大隊の魔術師の編成人数を…編成規約上のギリギリで余剰がないことに。ましてや輸送部隊という不人気部隊に魔術新兵が希望届を出す筈もないし、貴重な魔術師を余剰人数として輸送部隊に人事部が配置する筈もない。上級軍学校を卒業出来る魔術師は大なり小なりあれど基本はエリート街道、キャリア組なのだ。ならばどうするのか?
「君の考えも分かる。私もそこをどうするのか大佐に聞いた。が…私としてはあまり気乗りしない方法だがこれしか無いのも事実だ…中尉、上級軍学校の入学基準は覚えているかね?」
「…満20歳までの基準値以上の魔力を有し、その操作・制御技術が一定水準に達している者です。」
そう、その基準を達成できればいい。しかし魔力は基本的に生まれながらの量に依存する。幼いころから魔術に関する修練や反復法により地道に少しずつ増やせば増えるものだが、軍学校には入学年齢基準というものがある。軍属を望むような年齢に達してから鍛えたのでは殆どが間に合わない。
「そして再び中尉。君は外部魔術師認定資格試験というものを知っているかね?」
「…はい。」
これは魔力を持ち、軍属でない者が上級軍学校へ入学できる年齢を超えている場合かつ軍属を希望する場合に特例で設けられている制度。この資格試験に合格したものは魔術師の素養と資質を有していると認められ、その後特別養成学校で圧縮カリキュラムを半年履修し任官される。因みにだがこれも年齢要件があり、満25歳までである。
ここまで説明されればわかる…つまりそういう事だ。
「奇しくも魔術師の人員補充よりは一般軍人の人員補充は簡単でな。ちょうど我が隊には魔術素養はあるが魔力値が基準に満たない一般軍人が2名いる…中尉、教師には興味があるかね?」
つまり、そういう事だ。