第4部隊
-ゴズリック平原における国境戦闘区域への兵站輸送任務-
兵站輸送は後方支援の部類に入る任務であり、基本的には危険は少ない。この世界の兵站は最後方の兵站本部地に一旦全て補給され、そこから各戦地へと再分配される。
その際、兵站基地本部地へは大隊から中隊規模の補給部隊が兵站を運ぶが、そこからは戦闘向きの小隊が機動力を活かして各戦地へ補給物資を輸送する。その為基本的には戦闘に関わることはないーーー普通であれば。
「オズワルド中尉!偵察隊より軌道航路上に敵影アリとの報告が!」
大型馬車二十にも及ぶ補給部隊の面々に緊張が走る。敵影アリ、この部隊ではそうそう聞くことのないワードであり、戦闘に移行する可能性が高いということ。
「何?敵影の数は。」
「お、凡そ二十ほど…距離は三キロ先、魔力反応もあるため魔術師部隊と思われます!」
「…ちっ、国境戦闘でラチが明かないと観て補給経路を断ちに来たか…各員戦闘準備、小隊規模の班を作り必ず多対一の状況を作ってから応戦しろ!」
「せ、戦闘準備…でありますか?」
オズワルドに報告しに来た伍長が不安そうな声色で尋ねる。戦地に何度も赴いた経験はあるが、戦闘行為に陥った経験はかれこれ一、二回程度。それも野盗との小競り合いと兵站の臭いを嗅ぎ付けた野生の熊だ。
今回は少なくとも中隊規模かつ魔術師の存在も確認されている。
戦闘が少ないと言っても、全く皆無ということはない。それも戦うのは何も敵の軍隊だけではなく、盗賊や山賊、果ては熊などの野生動物のときもある…むしろ此方の可能性が高い。しかし他の職種の部隊と比べれば圧倒的に少ないというのは変わりない。
しかし今回は趣が違った。現時点の部隊の現在地は兵站基地本部地からもまだ距離もある国内も国内。それが敵国の部隊に襲われる…それはつまり領域侵犯を許してることに他ならず、各方面からなんの連絡も無いということはこれが仮に王都などで破壊工作を企む部隊等の場合、戦局の混乱を招きかねない。
つまり幾ら補給部隊といえど、この敵部隊を見す見す見逃すわけにはいかないのだ。
今回の任務にオールウェン大佐は同行していない。普通であれば部隊を率いるのは佐官であるオールウェンであるが、中隊規模であればオズワルド中尉が率いることが多い。今回もそれに習い、オズワルド中尉率いる中隊+レイウィックという構図。
訓練生を現役部隊が実地研修として引率することはよくある。そしてその最中に会敵した場合は、基本的に訓練生は自衛させながら陣形の中心地で息を潜めるように鎮座させる。それは端的に言えば役に立たないからだ。何回期の訓練生にはよるが、例え最高学年の訓練生であっても基本は初めての戦闘や場の雰囲気に呑まれ、萎縮し、酷いときには錯乱状態に陥る。それに、誤射されても敵わないので大人しく守られていてくれたほうが楽なのだ。
だが事今回に限っては状況が特殊に特殊を重ねており、奇しくも訓練生も特殊だった。
「さて、レイウィック訓練生。」
「はっ、何でありましょうか、オズワルド中尉。」
伍長の報告をそばで聞いていたレイウィック(道中、補給や兵站の講義をオズワルド中尉から受けていた)は、敵部隊が接近しているというのにも関わらずひどく落ち着いていた。それこそ現役部隊員達よりもだ。
「本来であれば訓練生である君は今から展開する陣形の中央で守られるべき存在であるが、状況が状況である。行けるか?」
その真意は当然、戦闘に参加できるか?という意味だ。本来であれば訓練生にこんな質問をする訳にはいかない。しかし先の模擬戦で感じとったレイウィックの技量は、最早訓練生の域を超え、現段階でも魔術尉官…少尉レベルの技量があるとオズワルドはみていた。
しかもそれは魔術のみで評価した場合だ。そこに『魔法』に加え、何かは分からないが模擬戦でも見せていなかった切り札も入れたなら、自分に並ぶのではないかとも考えていた。それも今はまだ訓練生という段階でと考えるなら、末恐ろしいが今は頼もしい。
あとはレイウィックの実戦経験と覚悟の問題だが、それはレイウィックから返ってきた質問で氷解する。
「了解しました。敵は多く見積もって四十と仮定しておきます。会敵予定の部隊が本当に現在交戦中の所属だった場合、何人残せばよろしいでしょうか?」
「……多くはいらない。我々は現在兵站輸送任務にあたっている為、道中輸送できる捕虜は二、三人が限界だ。」
躊躇いなく何人生かせば良いか聞いてきたレイウィックに、オズワルド中尉は既にレイウィックが何かしらの形で実戦経験を積んでいるものと判断した。
そしてその判断は正しい。レイウィックは新生児の段階から自我を持っていた。その為、幼少期における誘拐未遂事件の際に手を掛けた賊、死んでも何の文句も言われない野盗や山賊の類で腕試し(討伐後はそれとなく噂を流して死体は回収してもらう)を行っていた。
前世が日本人ということもあり、人を殺すという行為に嫌悪感自体は抱くが、その対象が悪党の類であれば今なら多少眉を顰める程度。十数年という時間は、この世界での生活と新たな価値観で生来の道徳や価値観を覆すには十分だった。
「…他の部隊員の方達にはここで待っててもらって、小官が迎撃に向かいましょうか?」
レイウィックはチラリと他の部隊員を見るが、誰もが今から行われる対人戦にひどく不安な表情を浮かべていた。それ故の吶喊の提案。
「気持ちは分かるが彼らも軍人。訓練生におんぶに抱っこというわけにもいかないだろう。が、この場で戦闘に及べば魔術の余波で兵站や一般軍人の者達は被害を受けるのは目に見えている。ならば…ソールド少尉!」
「はっ!」
オズワルド中尉は数人いる魔術尉官のうち、一人の男を呼ぶ。ソールド少尉と呼ばれた男、軍服を着ていなければ普通に街に居そうな二十後半の魔術少尉だ。短く切り整えられた茶髪に中肉中背の身体、唯一の特徴といえば開いてるのかどうかも怪しい糸目だろうか。
「今からソールド少尉以外の魔術尉官とレイウィック訓練生で敵部隊に逆強襲を掛ける。貴官は防御系の魔術に長けている。この場に残り兵站馬車と他の者の警護を行え。」
「はっ!了解であります!」
「よし、では他の尉官に通達を頼む。」
ソールド少尉は逆強襲やレイウィックを同行させることに何の疑問も挟まず了承し、他の尉官へと内容を通達に走った。
「意外ですね。」
「…ほう?」
レイウィックはそんな声をポツリと漏らし、オズワルドもそれに反応した。
「意外とは…君を参戦させることに対して抗議や疑念が挙がらなかったことかね?」
「えぇ…」
「ふむ…レイウィック訓練生、君は少し勘違いをしているな。」
「勘違い、でありますか?」
はて、自分は何を勘違いしているというのだろうか?レイウィックはそんな思考を頭の中で巡らせるがどうにも合致しない。
「戦闘部隊…いわゆる軍で言う『軍隊』と呼ばれる組織は縦社会。縦社会とは基本的には年功序列と階級はイコールだが、それは一般軍人に限った話だ。」
「…我々は違うと?」
「全体的に違う…というよりも前提条件が違うといった方が正しいな。我々のような魔術師若しくは魔法師は絶対数が一般軍人に比べると少ない。その中でも戦闘を得意とする者は更に限られる。対比が少なく汎用性は高い…故に戦死率も高いため昨日まで下士官だったのが士官に…なんてものはザラにある。対比消耗率で言うなら一般軍人よりも高いだろう。」
俗に言う戦闘魔術師、戦闘魔法師は前線に配置されることが多い。というよりも、それが一番効率がよく戦果が目に見えて良くなるのだから上層部はそうするのが常だ。
「だから我々のような者に縦社会の枠組みを当てはめると指揮系統がごちゃごちゃになってしまう。下手に個人戦闘力が高いから一般軍人と同じ仕組みでいくと明らかな戦力ダウンに繋がりかねん。縦社会そのものが悪いとは言わないが、我々は適応範囲外だ。だから我々の判断基準は一つ、『自分よりも強いか』のみ。もちろんそこには人格や適性、素養という大前提があるがな。」
端的に言えば自分より強ければ何者にも従うまたは許容するということ。魔術式を読み解くほどの素養がある地頭のいい魔術師としての考えとなると些か脳筋チックだ。
しかしそれが一番効率がよく分かりやすいのだろう。
「納得しました。少なくとも小官は、この隊の魔術尉官の方々にはある程度は受け入れられている…と考えても問題ないと。」
「そういうことだ。」
本来であれば訓練生の個人戦力など団栗の背比べだが、レイウィックは戦力という観点のみで評価すれば、基礎魔術はもとより応用魔術、更には戦闘技術に関しても現時点で軍学校を卒業できるレベル…というより、この場で魔術尉官として働いても問題ないレベルだ。
しかし軍学校は戦闘技術のみを学ぶための学校ではなく、軍戦略、兵站輸送、人心掌握術、軍用数学など様々な尉官になるために必要なことを学ぶ為の学校でもある。故に当分は訓練生のままであるが…オールウェン大佐のことだ、何かと理由をつけて卒業時期は早まるだろうなとレイウィックは考えていた。
「さて、疑問も晴れたところで敵部隊の強襲に向かう。問題ないな?レイウィック訓練生。」
「はっ!」
中々堂に入った敬礼をオズワルドに返す。兵站輸送の実地訓練…から一転、敵勢力の逆強襲という兵站輸送部隊らしからぬ任務に、レイウィックは内心溜息を吐きながら。