第3部隊
「明日の第二補給中隊の任務に同行するレイウィック訓練生だ。皆、面倒を見るように!」
嘘やん…感想はそれに尽きる。
俺は今お立ち台に立ち、横にいる大佐から眼前の部隊員達に紹介をされていた。いや、俺はまだ入校2日目の訓練生何ですが!?
「大佐!質問を宜しいでしょうか!」
「うむ、許可しよう。」
眼前の部隊員の中から1人、中年の隊員から手が挙がる。階級章を見れば一般軍人の伍長らしい。というか、殆ど一般軍人しか見当たらない。
4列縦帯で並ぶ部隊員達の先頭には『魔術師』の尉官が立っているが、その後ろは見える範囲では全て一般軍人だ。まぁ…直接戦闘が少ない、というか、ほぼ無いに等しい補給部隊だからそれはそうなんだが。
「訓練生を部隊に同行させるのは第2期生以降が通例と記憶しておりますが、そちらの青年は何期生なのでしょうか?」
「うむ、彼は昨日入校した第1期生だが?」
「「「「は!?」」」」
それはそうなるだろ。俺もまだ入校したてで詳しいカリキュラムは把握してないが、こういう実践に近いことはある程度は自衛する術と教養を身に着けてから行なうものだ。部隊員達の反応は至極当然。
「た、隊長!それは学校の教養規範と軍の登用規範に違反するのでは!?人事部が黙ってはいませんよ!?」
流石に先頭に並んでいた唯一の女性の『魔術師』…階級章は少尉…が驚いた表情でオールウェン大佐に抗議する。
「問題ない。人事部のガードッグ二等大佐からは既に許可を得てるし、人事部の会議承認も通っている。もっと言えば軍学校の学長の許可もある…ほら、問題ないだろう?」
俺からしたら問題大アリだが?とは言えない。
「しっ、しかし、これから我々が赴くのはゴズリック平原で行われている戦闘区域への兵站輸送。いくら後方支援とはいえまだ基礎課程も履修してない訓練生を連れて行くのは…」
それは至極真っ当な意見だ。俺が今から同行する部隊は、ゴズリック平原で行われているアルト王国との国境戦闘区域への兵站輸送任務を請け負う部隊だ。いかに戦闘の危険性が低い部隊とはいえ、可能性がゼロなわけではない。
更に部隊員に今開示されてる俺の情報は…昨日入校したばかりの訓練生(特別情報開示がないため一般軍人と思われる)、当然まだ訓練という訓練もしたことない(はず)、身体はそこそこ鍛えられているように見えるがやはり現役からしたらまだ細い(かなりの着痩せ体質)…である。うん、俺が部隊員でも不安になる材料しかない。
「ふむ…そこまで言うのであれば、オズワルド中尉。」
「はっ!」
大佐が抗議の声を上げていた女性少尉とは別の男性中尉の名を呼んだ。
「確か貴官がこの部隊で一番腕が立ったな?」
「…オールウェン大佐にそう言われると皮肉にしか聞こえませんが、一応中隊長という立場ではあります。」
「よろしい。ならば今より30分後にオズワルド中尉とレイウィック訓練生の模擬戦を行なう。他のものは簡易的な陣地を整備しておくように!」
「え!?」
青天の霹靂…いきなり真横でとんでも無いことを言われて驚く俺に対し。
「…了解しました。」
粛々と命令を受諾するオズワルド中尉。この部隊ではこれが日常茶飯事なのだろうかと疑いたくなる。
「という訳だレイウィック訓練生。君は持てる力を全て駆使するといい。オズワルドはこの補給大隊において『魔術師』尉官の中でも上位の部類だからな。」
…どういうわけで?早々に棄権を申し出たいが、オールウェン大佐の笑顔の圧力でそれも出来ない。
「…了解です。」
「ではこれよりオズワルド中尉とレイウィック訓練生の模擬戦を始める!レイウィック訓練生は持てる全ての術を許可する。尚、オズワルド中尉も魔術式の使用を許可する!審判は私、オールウェンが執り行う。」
声高らかにそう告げる大佐。その宣言により『魔術師』である尉官達は俺が『魔術師』以上である事を悟る。訓練生である俺に対して、中尉の魔術式を許可するとはそういうことだからだ。
「…君は『魔術師』だったのか。魔力露出が全く無かったから一般軍人の訓練生だと、いや…相対して漸く分かった。レイウィック訓練生、君は常時『隠蔽術式』を自身に使っているな?」
そのとおりである。普通『魔力持ち』は大なり小なり身体から魔力が漏れ出しており、それは同じ『魔力持ち』ならば視る事が出来る。これを持ってして相手を一般軍人であるかそうで無いかを見分けるのだ。俺は幼少期から『魔力持ち』である自覚があった為、両親には内緒で魔力を増やす鍛錬を行っていた。
それにより同年代と比べても…いや、魔力だけならばオールウェン大佐より少し多い程度には魔力が増えた。しかしその反面、魔力露出の量が増えてしまい、あの忌まわしき惨劇の発端となってしまったのだ。
その為俺は『隠蔽術式』という、通常は魔術戦において魔術の発動兆候を隠すために使われるそれを、少し改良して常時自身に掛けている。どれくらいの練度かといえば、かなり近づいて目を凝らして漸く…といった具合。恐らくオールウェン大佐もこの事は知っているが、敢えて言及されることはなかった。
これならば俺が『魔術師』または『魔法師』と分かったとしても、魔力露出の少ない=対して強くないと錯覚させることが可能だ。
と、言う訳ではある。近づいて俺に魔力があることが分かり、それを『魔力が少ない魔術師』と誤認せず、かつ『隠蔽術式』を看破した眼の前のオズワルド中尉は…間違いなく強い。少なくとも実戦経験という意味では紛うことなき強者だ。
「はぁ…良くおわかりになられましたね中尉殿、このまま一般軍人として無様に負けて訓練同行は無し…という計画が見事に消え去りました。」
「いや、オールウェン大佐が特例に特例を重ねて連れてきた訓練生だ。他の者はともかく、魔術尉官なら遅かれ早かれ気付いていた。それに君がただの『魔術師』ではないことも、ね。」
お互い抜身のサーベル(模擬剣)を携えて静かに佇む。
「では…始め!」
初手、オズワルド中尉は抜身だった自身のサーベルに『鋭化術式』を展開。そこからどうするかと観察していた俺だったが、度肝を抜かれた。
オズワルド中尉は自身の足元に『反発術式』を展開するとオールウェン大佐の無拍子と見間違う程の速度で接近し、斬り上げを放ってきた。
「っ!」
それを半身をズラすことで回避…したところで、オズワルド中尉のサーベルから再び魔術兆候。辛うじて読み取れたのは先程と同じく『反発術式』。それにより斬り上げたサーベルが今度は袈裟斬りの軌道で返ってきた。
完全な初見殺し。些か訓練生相手に使うには大人げない方法だが、それだけオズワルド中尉に油断はない証拠。
再び距離を取っての回避は同じ結果を生むと考えた俺は、逆に間合いを詰めることによりサーベルの軌道を潰す。しかしオズワルド中尉から見ればそれは慣れ親しんだ対処法…とでも言うかのように、間合いを潰しにきた俺に『強化術式』を発動した膝蹴りがカウンターとして迫ってきた。
「マジかっ!」
狙いはガラ空きの腹部。防御は間に合わない…のであれば…自身の腹部に発動方向を反転した『反発術式』を発動。蹴り上げられた衝撃を利用して後方に大きく飛び退く。若干受け流せなかった衝撃が腹部を襲うが、直撃よりはマシだ。
だが中尉の攻撃はそれでは終わらない。俺が距離を取った瞬間に腰に下げていたホルダーから自動拳銃を早抜き、弾丸に『貫通術式』を施し頭、喉、両膝に向け発砲。
「なっ!(幾ら模擬弾でも『貫通術式』を施したら意味なくないか!?)」
ここまで防戦一方、どこか以前の模擬戦を彷彿とさせる展開にデジャブを感じながらも『自動反転』を展開させた。間合いに入った弾丸が黒い穴に入り込み…同じ穴から同じ運動エネルギーで反転排出される。
「!?」
流石の中尉もこれには驚いた表情を晒すが、身体は反射で動いてるようで『鋭化術式』付のサーベルで弾丸を斬り落とした。
「いやいや…だから何で弾丸を剣で…って、あぁ成程。」
デジャブ…というよりも先の大佐との模擬戦を一通りなぞったような展開。意図した事ではないだろうが、中尉と大佐の戦闘スタイルというか、戦略の組み方や思考がひどく酷似していた。
「オズワルド中尉、もしかしてオールウェン大佐と何かの流派の同門だったりします?」
ガン&ソードの戦闘スタイルや初手の疑似無拍子、敵が飛び退いた場合の拳銃での追撃。これは実戦経験に則った合理的な判断を、一連の技として昇華させたものだ。
「良く分かったな。正確には流派などではなく、私がオールウェン大佐に師事しているだけだがな。しかし驚いた…状況判断や魔術式の発動タイミングも然ることながら、まさか『魔法師』だったとは。しかし、今年の『魔法師』の術式は『収納術式』と記憶していたが?」
「えぇ、『収納術式』で間違いありません。少し使い方が特殊なのは認めますがね。」
「…はっはっはっ!少し特殊な使い方か!成程、オールウェン大佐が君を無理にでも同行させようとするわけだ。確かに兵站輸送くらいならば君なら問題ないだろう…だが、この模擬戦は勝たせてもらおうか。」
「!?」
そう言いながら中尉が野戦服のポケットから取り出したのは直径3cm程の鉄球が数個。そこに幾重もの術式が一瞬にして掛けられる。基本的に魔術式は対象一つに対して術式一つ。二つ以上となると途端に制御が難しくなるため、熟練の『魔術師』でも多くて二つだ。
それを中尉は一瞬にして三つ以上の術式を鉄球に付与していた。これを『重複術式』といい、メリットとして対象物に様々な効果の付与や制御行動を取らせることが可能になるとともに、今回のように一気に術式の魔術方陣が重なるため兆候や目視での術式判別が難しくなるというメリットがある。
「確かに先程の『魔法』には驚いたが、弱点がないわけではない。」
そう言いながら中尉が鉄球を勢いよく放った。向かう先は地面…そして接地と同時に鉄球は唸音を鳴らしながら高速回転し、地面へと違和感なく沈んだ。
「(やっぱり気付くか!)」
何をやられたのかは明白。ならば弱点を付かれる前に倒すしかない。そう考え、中尉に肉薄するために一歩踏み込む…その踏み込んだ足元から高速回転する鉄球が俺の顔面目掛けて飛び出してきた。
「っ!?(もうこんなところまで!)」
身体を引いて鉄球を避けるが、鉄球は次々に俺の真下から地面を突き破り俺目掛けて飛び出してくる。そして『自動反転』は発動していない。
俺の『収納術式』を応用した『防御魔法』ともいえる『自動反転』は、その効果範囲を地面から半円球状に展開してある。それは『収納した物質の運動エネルギーをそのまま反転して排出する』という効果のため、術式の定義上地面の中まで展開する意味がないからだ。それと同時にこの魔法は魔術式との重複展開のため、あまり効果範囲を拡げるとその分処理に負担が掛かり、通常の術式を使うのも苦しくなる。そのために効果範囲を半円球状に絞り一定の速度以上を効果対象としていたのだが、中尉はそこを一回見ただけで看破した。
恐らく鉄球に掛けてある術式は『回転術式』『追尾術式』『推進術式』のはず。俺を外した鉄球はその後勢いと回転が止まってることから、持続時間は10秒前後。ならば全て避けてから接近すれば…。
「残念ながら…それには『破裂』も入っているぞ?」
「っ!」
その言葉と同時に空中に放り出された鉄球は突如膨張し破裂する。訓練生相手にここまでするかと叫びそうになるが、このままでは身体中が穴だらけになってしまう。しかし破裂したことにより鉄球の金属片は指向性の運動エネルギーを有する物質になった。つまり『自動反転』の効果対象だ。自分に向かう鉄球の破片のみを『自動反転』で処理させれば被弾は免れる。しかし…
「…チェックだ。」
スルリと喉元に突きつけられた模擬剣を見れば俺の負けなのは明白だった。
「そこまで!」
大佐の掛け声で勝敗は喫した…完膚なきまでに俺の負である。と、それまで息をするのを忘れていたかのように外野の部隊員達が騒ぎ出した。
「ち、中尉にあそこまで喰らいつくとは!」
「というかあの訓練生は『魔法師』なのか!?」
「でも今年の『魔法師』って確か『収納術式』じゃなかったか?…いや、確かに『収納術式』なら補給部隊だよなとは話してたけど。」
「とても『収納術式』と呼べる戦闘技能じゃなかったぞ!?」
三者三様驚きの声を挙げているが、そのどれもが俺の訓練生としての技量にいい意味で驚愕している声だ。
「(…うまく乗せられた感はあるけど、これで大佐も満足かねぇ?)」
「素晴らしい術式の解釈、それに戦闘能力だ。戦えてよかったよ…惜しむべくはそんな君と将来任務が出来ない事だが。」
「え?どういう意味でしょうか?」
中尉が歩み寄ってきて、開口一番そんな言葉を吐いた。大佐からは補給部隊の配属が決まっていると言われたが…。
「『収納術式』は本来ならば補給部隊に最適な魔法だが、それほどの技量と術式解釈なら前線部隊の配属だろう?」
ん?どうにも中尉と俺の間に認識の違いがあるように感じる。そこに口を挟んだのは大佐だった。
「あぁ、オズワルド中尉。それに関しては問題ない。上はレイウィック訓練生が普通の…記録上と同じ『収納術式』をもつ『魔法師』としか認識していない。故に問題なく補給部隊の配属だろうよ。」
「……いえ、大佐。それは大問題では?少なくとも虚偽報告ですよ?」
吃驚仰天…なんとオールウェン大佐は俺のことを普通の『収納術式』が使える『魔法師』としか上…人事部に報告していないようだ。
「虚偽報告などしとらんよ。言い方は悪いが人事部は最初から『収納術式』にはあまり期待を持っていなかった。だから私は普通の報告を上げたまでだ。」
確かに昨日の時点では大佐との軽い問答と模擬戦しか行っていない。それだけで普通、俺が規格外の術式解釈を持ってして『収納術式』を実戦に耐えうる魔法に転用できるなど露にも思わないだろう。ならばどうやって人事部を説得し入校したばかりの訓練生を任務同行させるという特例を認めさせたのだろうか?
「補給部隊は兵站輸送が主な任務。戦闘になることも少なく、『収納術式』を持つレイウィック訓練生には安全に実戦経験が積めると同時に、今から鍛えておけば卒業する頃には『収納』の容量も増えるだろう…と納得させた。」
まぁ言ってることに矛盾はない。実際は既に純粋な収納容量は馬車数十台分なら余裕だし、術式解釈を拡げて防御転用、それにまだ披露してはいないが攻撃転用も可能な訓練生だが。
「そ、そうですか…大佐の破天荒は今に始まったことではありませんが…レイウィック訓練生、強く生きるように。」
何故か中尉がそう達観した目で激励の言葉を送ってきた。
「よし、皆レイウィック訓練生の腕前は理解したな?では明日の任務に備え、残りの時間は休養とする…解散!」
こうして俺は入校2日目にして実務研修に駆り出される羽目になったのだった。