第2部隊
俺の居た街から鉄道で約三時間、オールウェン大佐に連れられてやってきたのは、帝都中央区にある上級軍事学校。
帝都には軍人のための学校が三つある。一般軍人志望と魔力持ちである魔術師が最初に通う下級軍事学校。
尉官に昇進した一般軍人と魔術師が、佐官以上になるために通う上級軍事学校。
そして将官への任用試験と教育課程を行う軍事大学校の計三つ。
因みに下級軍事学校の入校可能年齢は一五からである。
そしてここでは特例として、『魔法師』は上級軍事学校特別課程という教養課程で学ぶことにより、任官時点で尉官以上が確定するというエリート街道を進むことになる。
俺はオールウェン大佐に案内されるがまま『特別課程』のプレートが掲げられた教室に入る。そこは教卓と一組の机と椅子だけが置かれた簡素な部屋。オールウェン大佐は俺に席に座るように声をかけると、前置きなく話し始めた。
「さて、君はこれからの三年間ここで軍事、武術、魔術、帝王学等など学んでいくわけだが…ここで毎回恒例の残念なお知らせだ。」
「残念なお知らせ、ですか?」
「うむ。知っての通り『魔法師』というのはその絶対数が圧倒的に少ない。何が言いたいのかと言うとレイウィック、君に同期はいない。」
「マジですか?」
「うむ、マジだ。あと私は気にしないが君も今後は軍属となる身、言葉遣いには注意するようにな。」
「わかり…はっ、了解です。」
当然といえば当然。絶対数の少ない『魔法師』の世界。同期が二人も三人も毎年いたら今頃帝国は世界征服を遂げているだろう。
「よろしい。では最初のガイダンスといこうか。衣食住…寮や制服はもう既に用意してあるから、後で係の者から案内や受け取りをしてくれ。今日行うのは専攻科目の選択と、『特定術式』の理解度の深堀りだ。」
オールウェン大佐の説明によると帝国の『魔法師』は、上級軍事学校において専攻科目を決め、それを任官後もずっと研究するという…研究者の一面も持ち合わせるらしい。
それは『魔法』または『特定術式』の仕組みを、他の技術や『魔術』に転用させ帝国軍の兵力増強を狙ったものだ。
「因みに私の専攻は『範囲術式学』でね、実用化された術式には『熱源探知術式』がある。」
「なるほど…『焦熱術式』の熱という根幹の部分を術式化し、『探知術式』と掛け合せたんですね。」
『探知術式』は魔力を円形上に波及させ、所謂ソナーのように魔力の跳ね返りにより距離と物体の大きさを測る魔術だが、それは木や岩などの障害物にも反応してしまう。
対して『熱源探知術式』はその縛りを熱源発生体、つまり生物に限定させることにより測定の精度を高めたものだ。たしかにコレは『焦熱術式』の熱という概念をより深く術式化しなければ成り立たない。
「そうだ。つまりこの専攻科目と『特定術式』の理解は密接に結び付くということだな。その点君は『魔法』持ちとわかる前から随分と熱心に勉強してたみたいだね?しかもうまく躱しながら。」
バレてる…な。俺は『魔力持ち』だ。それ即ち最低でも『魔術師』として軍属になることが出来る。一般軍属と『魔力持ち』の軍属では出世スピードに影響するが、それよりも重要なのは消耗率の違いだ。大事にされるのは『魔力持ち』の『魔術師』だが、それと同時に前線に赴く頻度も『魔術師』なのだ。
『魔術式』の練度次第だが、『魔術師』は普通の人間よりも強い。一騎当千…とまでは行かずとも、一人で一般軍人十人分なんてザラだ。更に『魔術師』は『魔法師』と比べればまだ替えは効く。
故に士官級の『魔術師』が部下を率いて前線でドンパチをやることが多いため、端的に言えば死にやすい。一般軍人よりも強いとはいえ…死にやすい。まぁ一般軍人はそれ以上に死にやすいのだが。
そこで『魔法』が俺に使えるのかも定かではなかった数年前から、俺はあることに着手した。『魔術式』の開発だ。
「何々…『装填術式』、『鋭化術式』、『誤認術式』、『信号術式』、なるほどねぇ。ここ数年で軍事採用されているものだけでもそこそこある。でも勿論、虎の子はとってあるんだろう?」
「っ…それは…」
勿論、ある。術式を開発したら必ず報告…もとい魔術省術式名簿への登録義務はない。しかし推奨されており、登録さえすれば報奨金もでる。普通の術式ならばそれでも良いのだが、『収納術式』を会得してから完成させたある術式は、報告どころか誰にも言っていない。これは万が一『魔法』を得た場合の備えとして、構想を予め練って完成寸前で待機させていた術式だ。
「ああ、別にそれを咎めるつもりも無理に聞くつもりもない。『魔法師』だって『特定術式』以外の切り札の一つや二つはあるものだ。だが、一つ疑問…いや、興味が湧いてね?普通、術式の勉強や開発は軍事学校に通い始めてから行うものだ。それは術式開発が一般市民にとってはマイナーな学問であると同時に、成人したといってもついこないだ迄子どもだった人間がそこまで理知的に理論を組立てられるはずがない。知ってるかい?下級軍事学校の最初の授業は『勉強の仕方』を教えることなんだよ?」
「それは…」
言えるはずもない。自分は『転生者』だから生まれた時点で自我があって、その頃から『魔力』や『魔術』について考察してました!なんて…
「まぁ君は最初から『魔法』を得たことに対する傲慢も慢心もなかったから、他の子どもとは違うと思ってたけどね。それに私が迎えに行くまでの一週間で、ある程度確立してるね?そこまで自制心があり理知的な君だから言うけど、はっきり言って『収納術式』というのは昔にも何人かいたらしいが、ハズレの部類と言えるだろう。」
それはそうだろう。『収納術式』とは、生命体以外の物質を亜空間に出し入れするためのものだ。許容量こそ魔力に比例し大きくなるが、能力の拡張性という点でいうならそれだけだ。活かせる所属も補給部隊がせいぜい、というかそこしかないというレベル。
勿論それは、そのまま使えば…である。
「ふふ、興味が増した。レイウィック君、今から私と模擬戦をしようか。それで今後の教育方針を決める。」
はっ!?模擬戦!?誰と?『熱線』の魔法師と?普通に死ぬわ!
「い、いえ…大佐殿、小官ごときに時間を割いていただくのも心苦しいといいますか…」
「なに、そんなに遠慮することはない。私は『魔法』は使わん。精々一般火器と補助術式ぐらいだな。」
いいえ、それでも無理!確かに先を見据えて、昔から色々準備はしてきた。自己鍛錬とか基礎体力とか護身程度の武術とか。でも無理!
『魔法』を使わないオールウェン大佐は、あくまで『魔法』が使えない熟練の『魔術師』でしかない。それが軍人の一般性能である火器と補助術式使ったら勝てるわけないでしょ…
「答えはイエスかはいの二択だよ、レイウィック君。」
「…わ、分かりました。」
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「さて、ここは強化術式魔具で強度を上げてある修練場だ。君の事情も考慮して誤認術式魔具で認識阻害も掛けてあるから存分に全力を出してくれ。ああ、言っておくが君は任官後は私の補給大隊に配属になることが既に決定している。代々『魔法師』の訓練生の教官は、配属先の『魔法師』が務めるのが決まりだからね。だから、今後の事もある。全力できたまえ。」
オールウェン大佐は腰に拳銃(訓練用ゴム弾)、片手に洋刀(木製)のガン&ソードという標準装備。対する俺は無手…別に舐めてるとかじゃない。これが俺のスタイルだ。
ん、模擬戦への拒否権?はは、もう諦めたよ。
「無手か…別に壁に掛かってる武器はどれを使っても構わないが…まぁいいだろう。では…ふっ!」
「っ‼」
いきなり無拍子で懐に!?
そこから繰り出されるのは横薙ぎの斬撃。回避は当然間に合わない。ならばと避けるのではなく、後ろに倒れることによりその斬撃を躱す。
「上手いな!」
ちっ!もう次の攻撃動作に!
倒れ込んだ体勢から上段の振り下ろしをいなすしかない。しかし、俺は今無手だ。だがお構いなしに下から上に剣を振り上げる動作を起こす。
ガキッ‼…と鳴るはずのない木剣同士の衝突音。しかし俺の手にはオールウェン大佐と同じ洋刀が握られており、何とか斬撃を防いでいた。
「……なるほど。武器を『収納術式』で回収して瞬時に手元に引き寄せたか。だが『収納術式』の効果範囲は一メートルのはず、となると別の術式…なるほど、それが君の虎の子か。ならこれはどう対処する?」
怖っ!ひと目見ただけでほぼ当てやがった!…って今度は銃かっ!
オールウェン大佐はバックステップで距離を取ると、腰から拳銃を抜き躊躇なく発砲してきた(重ねていうが訓練用ゴム弾である)。
撃たれた弾数は六発。よく見ればオートマチックの軍式拳銃かと思っていたそれは、リボルバー式。ガンマン顔負けの連射で的確に頭、胸、左右大腿の付根を狙ってくる。
「ちっ!」
当たれば痛いでは済まない(いくらゴム弾といえど)レベル。だが、遠距離攻撃に対しては既に対処済みだ。
「ははっ、何だそれは!」
驚愕の声を上げたのは俺ではなくオールウェン大佐。それはそうだろう。放った弾丸が俺へ当たる直前に百八十度反転して同速で返ってきたのだから。
「フッ!」
「んなっ!?」
だが今度は俺が驚愕する番だった。オールウェン大佐は自分に跳ね返ってきた弾丸を、驚きながらも一息で全て斬り落とした。そう、木剣で斬り落としたのだ。
…弾丸の速度って三百前後じゃなかったっけ?
「…………よし、いいだろう。予想以上…いや、予想の斜め上だが、かなり良いね。」
「あ、ありがとうございました?」
「ふふ、まさか『収納術式』でここまで戦えるとはね。」
「戦いとはとても呼べるレベルじゃなかったですけどね…俺はほぼ防御か避けるだけでしたし。」
素の実力が高すぎる…素直にそう思った。意識の合間を綺麗に抜いた無拍子による接近、流れるような剣技、正確無比な射撃…おまけに弾丸を見切る動体視力とそれに付いてくる身体。
オールウェン大佐は補助術式を使うとは言っていたが、使ったのは修練場に掛けた誤認術式のみ。後は純粋な身体能力で俺は手持ちの手札の半分を切らされた…完全な負けだ。
『魔力持ち』は魔力の流れに敏感になる。相手が何かしらの術式を使えば大小の違いはあれど魔力反応を察知することが出来るのだ。故に純粋な身体能力に負たと断言できる。
「答えたくなければ答えなくて良いのだが、今後の部隊運用にも関わってくるのでね。最初の…『遠隔収納』とでもいうのかな、あれはどういうカラクリだい?」
…どう答えるか。興味本位もあるだろうが、部隊運用云々という話も本当だろう。でももう実際に大佐の目の前で見せちゃったからなぁ…はあ、見せた範囲では正直に答えるか。
「…あれは『仮想術式』の効果です。ご存知の通り、小官の『収納術式』は過去の使用者達と能力のスペックは変わりません。術式効果範囲は自分を中心に半径一メートル。そして『仮想術式』とは名付けていますが…端的に言うとこれは『意識的距離を縮める術式』です。」
「なんだと?」
大佐の眉がピクリと跳ねる。
『仮想術式』は、脳内においてターゲットとなる対象と自分の間の物理的距離を仮想距離と定義し、仮想距離を俯瞰視点化。そしてその仮想距離間を自分の意識でパスを繋ぐことにより物理的距離をゼロにする…と小難しく説明するとこういうことだが簡単に言うと、物理的距離を無視して遠くのものでも目の前に目標があるように認識させる術式だ。
例えばだが、大佐がこの術式を使えば数キロ先の敵を目視せず一方的にピンポイントで焼失させたり出来る。考えただけでも恐ろしいが。
そして俺がこの術式を登録しなかった理由。それは俺の切り札になり得るというのは勿論あるが、一番は…
「レイウィック君、わかってると思うが…」
「ええ、分かってます。精神に直接働きかける術式は一歩間違えば廃人になる危険性を孕んでいる、ですよね?」
そう。精神に直接作用する術式は、禁止こそされていないがあまり褒められたものではない。それは『精神操作術式』なんてものがあれば危険だから…なんて理由ではなく、単純に戻れなくなる可能性があるからだ。
『特定術式』以外の術式は全て自己完結型。要するに自己強化の為の術式だ。『精神操作術式』なんてものがあったらそれは術式ではなく『特定術式』である。
この世界の大原則として、個人の魔力は他者に影響を及ぼせない。その例外は『魔法』と術式を施した魔術道具という…通称『魔具』のみ。因みにだが、弾丸に『強化術式』を施し貫通力を上げ、敵を貫く。これは大原則に反しないのかというと、答えはイエス。
あくまで個人の魔力が他者に影響を及ぼせないのは対生物(動物含む)だけであり、無機物には適応されないし、術式付与後に起こりうる物理的現象や自然現象などには大原則は適応されない。
「『収納術式』と『仮想術式』…確かに相性はいい。もしかして先程の銃弾を返されたのも、何かの秘匿術式との合わせ技かな?」
正解…なのだが、こうもズバズバと当てられると最早恐ろしい。
「…正解ですね。大佐だから言いますが、先程の技は『接続術式』と『感知術式』を組み合わせたものです。」
「『感知術式』は知っている。君の公表した術式の中で対奇襲特化のものだろう?『接続術式』は、これもあえて登録はしてないんだろうが…なるほど、自動化か!」
何故それだけで分かるのか…この人の頭の中どうなってるんだ?
「ええ、『収納術式』は攻撃転用も難しいですが、同じくらいに防御転用も難しい術式。そもそも戦闘向けの術式ではありませんからお門違いです。でも戦闘に関しては『魔術師』並の『魔法師』では余りにもお粗末。そこで考えたのが『収納術式』に『接続』と『感知』を組み込んだ『自動反転』です。」
「『自動反転』…『収納』は非生物ならば何でも容量が許す限り出し入れ可能…『感知』は術者から魔力の膜を形成し通過物の察知…ならば『接続』は術式同士の橋渡しだろう。理屈は分かる。つまり指定した範囲を通過した物質に対し、自動的に収納が展開されるのだろうが…それだけならば跳ね返せたりはしない。…なるほど、レイウィック君…君、その歳で『特定術式』の変数化も出来るんだね?」
ウァオ…当たってやがる。
変数化は、基本的に『特定術式』や魔術式に組み込まれている定形を態と崩し、特定条件下においてこちらが決めたパターンを自動制御させる方法。
『自動反転』は、通常『開→収納→閉→開→排出→閉→…』と決められているパターンに、『収納術式』に加え『接続術式』と『感知術式』を同時展開している、という条件下では『開→収納→排出』のパターンに変更することで成り立っている。つまり『入口と出口』が同時展開してることにより中に入った物質はすぐさま排出されるのだ。更に亜空間の中は時間が停止してるため、入ってきたときの運動エネルギーはそのままというオマケ付きで。
「…肯定します。」
「はっはっはっは!素晴らしい、実に素晴らしい!この時点で君は術式開発、理解度の深堀り、変数化等々と学校で教えるべき項目を殆どクリアしているのか!それは一年や二年そこらでなし得ることは出来ない努力だ。『特定術式』に至っては確かにまだまだ改善の余地はあるが、他の術式運用に至っては並の『魔術師』なら凌駕するだろう。余程『魔力』に傾倒していたと見える…あ、これはいい意味でだからね?しかし、ふむ…そうなると専攻は『重複術式学』あたりが良い隠れ蓑になるだろうが、このまま三年間をただ座学と訓練のみで過ごさせるのも少し勿体ないな。」
そう…まさにウキウキという表現が正しいくらいに雰囲気を弾ませた大佐に、俺は嫌な予感を過ぎらせる。
そしてその予感は、早くも翌日には的中する羽目となった…。