第1部隊
「敵航空機凡そ三十‼…⁉敵陣営より高魔力反応アリ!識別班より『魔術』と推測!…『高循環列車砲』と思われます!!目標予測地は……こ、ここ!?」
味方の通信士がそう焦りを含んだ声色で叫ぶ。『高循環列車砲』は最近巷で噂されていたローレンツ王国軍の秘密兵器。百人規模の魔術師を使い捨てにして、その吸い上げた魔力を特殊徹甲弾に注ぎ込み、敵陣営を爆炎と爆風で焦土と化す。悪魔的で非人道的な虎の子だ。
一メートルを超える砲弾が凡そ百人分の魔力を一気に放出、誘爆するのだ。弾速から考えても、最早今から逃げても遅い。
「…敵はついに補給部隊に対して戦略兵器まで投入してきましたか。どうされるので?大佐殿。」
そんな阿鼻叫喚と化した陣地内において、何処までも冷静沈着に隣に立つ男に声を掛ける大尉階級章を胸元に付けた男。そんな声を掛けられた男は「はァ…」と深いため息を吐くと、ゆっくりと天幕の入口へと歩きながらこう言った。
「分かりきったことを聞くなよ、カルロス大尉。全部纏めてお帰りいただくさ。」
ーーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーーー
ーー
ー
‐遡ること二十年前
「オギャァ(何処だここ!?)」
「オギャァ、ホギャァァ(というか、何か身体縮んでない!?)」
意識が覚醒したら知らない天井だった件について…。いや、冗談とかそういうのではなくてね?
え…俺普通に家で寝たよね⁉…ん?寝てたっけ?いかん、俺が地球の、日本の、成人男性だった事以外全く思い出せない。と、兎に角、寝ていたと仮定したとしてもだ…
起きてまぁびっくり、喋れない、起き上がれない、身動き取れないの三重苦。どいうこと…誰か説明求む。
「あ%€$な、お☆○〒%か%#ら?」
「ホギャ(うお!?)」
いきなり目の前に超絶美女が現れた。海外のスーパーモデルかと思うくらい整った顔立ち、それと相反するかのような優しげな笑顔に、俺は何故か不思議と心落ち着く。
「%か€$は、○〒%のか%#?」
だが何を言ってるのか分からない。見た目からしてヨーロッパ系の顔立ちだが英語は元よりスペイン、フランス、イギリスどれも違う。俺の知らない言語かもしれないが、そもそもそんな特殊な発音をする言語は聞いたことがない。
そんな事を考えていると身体がフワッと宙に浮く感覚が俺を襲う。女性の顔が近くなったから抱きかかえられたのだと理解すると同時に、目の前に立派なお山が現れた。
「お☆○〒%か%#よ?」
うん、言ってる言葉は分からないが意味はわかる。
つまり、呑め…と。
…俺は取り敢えず思考を放棄して、抗えない食欲に身を委ねたのだった。
ーーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーーー
ーー
ー
‐遡ること十八年前
やぁ、アルノルド・レイウィックだ。
誰だよそれ…いや、俺でした。そう、俺の名前…らしい。
あとなんかコレ、転生した臭い。転生する理由も分かんなければテンプレの神にも会ってないし、特殊な能力も貰ってない。
でもさ、ようやく理解でき始めた言葉の端々に『魔力』『魔法』『魔力持ち』って聞こえてきたらさ、ねぇ?身体は赤ん坊だし、聞き慣れない言語だし、明らかに日本じゃないし、そんな数少ない情報でも余程なアホでもない限り分かりますよ。
あぁ、異世界転生か、と。これが夢であることに若干の希望を持ってましたが、それもつい数日前に諦めた。
だって『魔力』が自分の中から溢れてきたんだから。うん、何故これが『魔力』であると分かるのかは不明だけど、これが『魔力』であることは確信できる。
まぁこの溢れ出す『魔力』を制御できなくて垂れ流してたら一発で両親にバレたけどね?
ーーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーーー
ーー
ー
-遡ること十七年前
ようやく身体を自由に動かせるようになった。後ついでに言葉もある程度理解できるように。そこで判明したのは、ここが異世界で確定だということ、そして俺は『魔力持ち』という存在だということだ。
何でも『魔力持ち』は一万人に一人という割合で生まれる稀有な存在らしい。でも俺の両親二人共『魔力持ち』だから、希少感はあんまり無いが。両親二人共『魔力持ち』なら遺伝しやすいのか?
取り敢えず、俺はこの『魔力』を認知してからというもの、兎に角自己鍛錬に勤しんだ。と言っても自己流だが。
習っていないのだから仕方ないと思いたいが、未だに火だとか水だとかを出せた試しがない。ただ『魔力』を放出することは可能なので、兎に角外に出し続けて毎日『魔力』を空に近い状態にまで持っていくことを繰り返してたら…。
はい、両親から感じる『魔力』量よりも多くなりました。
これには両親もびっくり。因みにだが母はヨーロッパ系美人だったが、父は日系のイケメンだった。ということは俺もそこそこ期待できる?鏡みたことないから分からんが。
母は聖母のように毎日愛情を注いで育ててくれるし、父は家にいないことが多いが、それでも俺を愛情を持って育ててくれる…若干、父の頬摺り愛情表現は辞めていただきたいが。
それでも前世に比べれば俺は愛というものに深く浸かれている。
ーーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーーー
ーー
ー
-遡ること一六年前
……両親が殺された。
いや、正確には街道を移動していた俺等家族と野盗らしき数人と戦闘になり、二人共死んだ。どうやら強盗目的ではなく俺の誘拐が目的だったようで、下手人はかなりの手練れのように感じたが、俺の両親はそれ以上に強かった。父だけでなく、母もだ。
初めて目の前で繰り広げられた『魔力』を用いた戦闘は、両親と犯人が殺し合う血なまぐさいものだったが、俺は心なし安心して見れた。
俺の想像していた火や水を操るような魔法戦闘ではなく、『魔力』と時折見せる魔法陣の様なものを使った白兵戦闘だったが、もう一度言う…両親は強かった。
敗因は俺だ。
まだなんの抵抗力も持たない幼児の俺を、何を思ったか犯人は殺しに来た。両親ももちろん戦闘中は俺に危害が加わらないように立ち回っていたのだが、如何せん多勢に無勢。
一瞬の隙を突き、俺の方に魔法陣で覆われた手榴弾のようなものを投げ込んできたのだ。
俺は自分の死を覚悟したが、父が俺の前に飛来してきた手榴弾を遠くへ弾き、俺を助けた…と同時に、父の胸越しに母のくぐもった声。
「ソフィア!!」
父の焦った声と悲壮を交えた叫びは、俺に雰囲気だけで場の状況を教えてくれた。
それに続く様に父も殺された…俺を庇いながらの戦闘では流石に精彩さを欠いてしまったのだ。
血の海に沈む両親…それを野盗特有の下品な笑いや愉悦感など一切感じさせない。冷徹な目で見下ろす野盗達。
服装や装備は確かに野盗のそれだが、俺はようやく悟った。そいつ等が何処か組織立った動きをしていたことに、つまり…
「坊主、悪いな…これも仕事なんでな。あの方の元に来てもらうぞ。」
あぁ、そうか。俺の誘拐が目的か。野盗に扮したのは身元を隠すため、ならばそれなりの公的機関かかなり裏の稼業どちらかだろう。
俺の誘拐…俺のせいか、両親が死んだのは。俺がこの世に産まれたばかりに、両親には申し訳ないことをした……
と、割り切れると思うか?…ふざけるな!!!
どんな理由があろうとも、俺の両親が殺されて良い理由になるわけがないだろうが!
…刺し違えてでも、コイツラだけは殺す。
俺は父の懐に仕舞ってあった護身用のナイフを抜き取ると『魔力』を練り上げる。護身用と言っても大人用のナイフだ。俺にはデカいが今はどうでもいい。
「…きょうかじゅつしき、いってんとっぱじゅつしき、へいれつてんかい…てっこうじゅつしき、こうほうたいき。」
「なっ!?子どもが『魔術』を!?いや、それよりも並列展開だと…それに、その組み合わせは!」
そうだよ、さっき父と母が使ってたヤツだ。
「おまらは…ゆるさない!」
その後の記憶はパッタリと途絶えている。気が付いたとき見たのは、また知らない天井だった。
ーーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーーー
ーー
ー
-遡ること五年前
「アル、今日はいよいよ選別儀礼祭です。確かにこのお祭りは『魔法』資質を判断するためのものですが、それが発現するのは極めて稀、私としては純粋にお祭りを楽しんでくれれば嬉しいです。」
そう言いながら眼の前の育ての母、シルビアは微笑む。あれから十一年、俺はとある養護施設に保護され、今日まで生きてきた。
俺はあの日、血だらけで『魔力』も枯渇寸前の状態で倒れているところを保護されたらしい。傍らに両親の遺体はあったが、俺たちを襲った輩の死体はなかったとのこと。辺の血痕の量からみても仲間が持ち帰ったのだろうとのことだった。
「分かってるよ母さん。まぁ期待はしてないけど、俺の目的に『魔法』があれば近道なのは間違いないからさ。」
「はぁ…確かにアルは『魔力持ち』で既に『魔術』もある程度使えますが、何故よりにもよって軍属を望むのかしら?それだけの才があれば道はいくらでもあるのに。」
そう困ったように微笑むシルビアに、俺は心のなかで申し訳ない…と謝った。前世と合わせれば既に精神年齢は六十を超え、年下を困らせていると考えるとどうしても居心地が悪くなる。
「まぁ両親も軍属だったらしいし、俺の夢でもあるからね。『魔術師』として入隊してもいいけど、どうせなら『魔法師』としての方が…ほら、カッコいいでしょ?」
寸前で「好都合だ」という言葉を飲み込む。
両親が軍属だったということは、昔シルビアから聞いた。どうやら父の元部下だったようだ。
「ふふ、そんなところはご両親にそっくりなのね?まぁ兎に角、お祭りを楽しんできてください。」
「うん、行ってきます。」
「はい、行ってらっしゃい。」
ーーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーーー
ーー
ー
『選別儀礼祭』は『魔力持ち』の十五歳の誕生日を迎えた子ども達に、神からの祝福を与える…とされる祭り。この世界では成人年齢は十五とされるため、『魔力』云々に関わらず一五に達した子ども達からは成人祭とも呼ばれる。
この世界には『魔力』が存在する。存在はするが、誰しもが持っているわけではない。発現割合としては一万人に一人程度。それが所謂『魔力持ち』だ。
『魔力持ち』は魔力操作を学び、『魔術式』を理解することで『魔術』という力を扱うことが出来るようになる。これは『魔力持ち』ならば誰しも『魔術師』になれると同義。
しかし極稀に、『魔力持ち』の中に『特定術式』を予め持って生まれる存在が一定数存在する。その『特定術式』は、汎用化された『魔術式』とは比較にならない程の力を有し、一度戦場に『魔法師』が現れれば戦況を一人で覆す…とも言われている存在だ。その発現割合は『魔力持ち』十万人に一人以下…という圧倒的少なさだが。この世界の総人口が二十億としても二十人いるかいないか、というレベル。
そんな超絶ギャンブルに挑もうというのだから、俺も中々のギャンブラー?だな。
「おお、アルノルド君。そうか、君も今年で十五歳か…年月が進むのは早いものだね。」
俺の目の前には司祭服を着込んだダンケル司祭が立っていた。『選別儀礼祭』とは言っても、もはや選別儀礼という部分は形骸化し、今では祭りそのものが主軸になっている。その為、『魔力持ち』の子どもが祭りの最中にちょこっと寄って、洗礼を受け、はい終了…というのが一般的な流れだ。
その為『選別儀礼』を目的に見学する人間なんていないし、タイミングが良かったのか司祭と俺以外は誰もいない。どうやら他の『魔力持ち』の子どもは、とっとと面倒事を終わらせて祭りを楽しむために早く来たようだ。
そもそも『魔力持ち』自体が少ないし、『魔法』ないし『特定術式』持ちなんて更に稀。俺みたいに『選別儀礼』の方に重きを置いている子どもなんて皆無だろう。
「はは、ダンケル司祭には良く子供の頃にイタズラして怒られましたよね。」
「まぁ…今思えば良き思い出とも言えなくもないですがね?さて、『選別儀礼』を始めましょうか。と言っても、水晶に手を乗せてもらうだけですが。」
殆どは何も起こらない。反応があるとすれば持っている術式に対応した色に水晶が光り輝くが…
「…光ったな。」
「…光りましたね。」
水晶はものの見事に銀色の光を爛々と輝かせていた。銀の光は特定の周期で光の強弱を変え、俺に存在感をアピールするかのようだ。
…俺もまさかとは思ったが、もしかしてとは思っていた。異世界転生ものでなんにも特典が与えられずに転生した俺だが、流石に其れだけではないだろう…という希望的観測ではあったが。
『魔力』総量は俺が赤子の時から鍛え上げた賜物なので特典ではない。で、あるならば残りの特典候補としては『魔法』ではないか?と。
「いやはや…司祭になって私も長いですが、本当にこの水晶が光ったのはこれが初めてですよ。」
ダンケル司祭は手に持っていた本をパラパラと捲り銀の光の対応魔法名を調べ始めた。形式的に用意していただけであり、まさか本当に活用することになるとは思っても見なかっただろう。
「銀の光…ということは『銀魔法』で間違いないですね。大別は『空間属性』、そして発光パターンから…これは、『収納術式』?」
「え?…『収納術式』、ですか…くっ!?」
『収納術式』…そう認識した瞬間、脳裏に術式の詳細と使い方が強制的に流れ込んできた。どうやら自覚することで元から刻まれていた術式が覚醒する仕組みのようだ。
「ア、アルノルド君!?大丈夫ですか!」
「だ…大丈夫です…ダンケル司祭、その本少し借りていいですか?」
「え、ええ…どうぞ?」
手渡された本を俺は空中に落とす。すると本は途中で消え去ってしまった。そして再び手の中に本が現れる…なるほど。
「認識した物質を瞬間的に亜空間に収納、出すときも任意の場所に…か。」
確かに『収納術式』…いや、『収納魔法』と言えるな。RPG風に言うならイベントリやアイテムボックスといった感じだが、ゲームの演出のように亜空間の口が開いて、そこに物をしまう様なシステムではないらしい。
欲を言うならば攻撃転用が可能な術式が良かったが、それも贅沢というものだろう。これはこれで使いようがある。
「おめでとう、アルノルド君。君は何十万人に一人の『魔法師』となった…わけだが、これで君の未来も決まってしまったね…。」
『魔法』という『特定術式』を持つものは、強制的に国の管理下、もっと言うと軍属になることが法の下定められている。元よりそのつもりだった俺としては何の問題もない。
「まぁ元から軍には入隊する予定でしたからね。待遇がより良くなったと喜びますよ。」
軍属になる際、『魔力持ち』かそうで無いかで出世が大きく左右されるのは周知の事実だ。
魔力を持たない『一般軍人』、『魔力持ち』だが『特定術式』を持たない『魔術師』、『魔力持ち』かつ『特定術式』を有する『魔法師』、この三者では出世スピードに二倍以上の開きがある。
「…そうですか。君がそういうのであれば良しとしましょう。私はこれから魔術省に君の情報を報告しなければなりません。恐らく一週間以内には連絡が来ますので、それまでに身支度を済ませておくと良いですよ。」
「分かりました、ダンケル司祭ありがとうございました。」
「いえいえ。ではアルノルド君、お祭りを楽しんできてください。」
それからは祭りを純粋に楽しみ、シルビアに驚かれ、施設の子どもたちに別れを惜しまれ、あっと言う間に一週間が過ぎた。
そして、ようやく軍からの通達並びにお迎えがきたのだが…
「やぁ、君がアルノルド・レイウィック君かな?私はユシフィリア・オールウェン大佐だ。君を迎えに来たよ。」
女性でありながら『熱線』の異名を持ち、軍部で多大な影響力を持つ大物魔法師だった。




