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7 突然の婚約2

 基本的に獣人の番は同じ種族の獣人だ。

 人族もまた同じ人族と結婚するのが普通なので、獣人と人族で婚姻を結ぶ者は稀であり、番ともなればなおさらである。

 しかも人族の方は番を認識できないため、拒絶されることが多い。

 獣人が優性遺伝子を持つため、番っても人族の子が生まれないのも忌避される理由の一つだ。

 そのため昔は人族の番を攫って行く獣人がいたそうだが、今は国際法で禁止されている。


 ただ獣人にとって番は絶対なため、相手が拒絶しない限りは番同士の結婚が推奨されており、人族国の者たちも本人の同意があれば容認していた。

 しかし獣人の王族の、しかも王太子の番が人族など、古今東西例がない話であった。


「私もまさかと思いましたが、王宮の奥へ入るにつれ甘い匂いが強くなってゆくものですから、番がいると確信しまして……」


 言いながら、へにゃりと下げた尻尾と同じようにリーンハルトが眦を下げながら薄っすらっと頬を染めたのを見て、父王が絶望したような表情を浮かべる。


「……その番とは、まさかアリアナのことでは?……いや、ダメだ! 幾ら大国トスカーナの王太子といえども、獣人にアリアナを渡すわけには……」


 玉座の肘掛けを握りしめ、額に脂汗を浮かべながら拒絶しようとした父王の言葉が終わらないうちに、ヒステリックな声が謁見の間に木霊した。


「わ、私だって嫌よ! ケモノと結婚なんて絶対に嫌!」


 声を張り上げアリアナが放った『ケモノ』という言葉に、その場の空気が凍り付く。

『ケモノ』とは人族が獣人に対して『人になれなかったケモノのくせに』という蔑視語である。

 その言葉を獣人に吐いた場合は切り刻まれても文句は言えない位の、獣人にとっては忌むべき言葉なので、今のアリアナの発言は王族とはいえ不敬罪で処罰されてもおかしくはない。


 その証拠に、今度ばかりは国王と王妃、それに兄王子の顔も強張っているし、リーンハルトの後ろに控える家臣達の中には腰を浮かせて戦闘態勢をとろうとしている者までいる。


 キャロラインも流石にこの発言はだめだろうと顔を青褪めさせたが、リーンハルトは微笑みを浮かべたままアリアナを責めることもせず、細められた琥珀の瞳も憤怒に染まってはいないようだった。


 獣人にとって番は絶対の存在。


 唐突に頭に浮かんだ言葉にキャロラインはハッとする。


 リーンハルトの番は王宮の奥にいた。

 美意識の低さを嘲笑されて怒った。

 けれどもアリアナが暴言を吐いても咎めなかった。


 それらのことから考えられるのは、父王が危惧した通りリーンハルトの番がアリアナであるということだ。


 アリアナは王女なのでいつも王宮の奥にいる。

 天使のような美貌を誇るアリアナを、番認定したリーンハルトの美意識が低いわけがないので怒りを見せたが、何を言われても平然としているのは番の言うことなので気にならない。

 そういう理由なら、辻褄が合うのである。


 そしてキャロラインがこの場に呼ばれた理由は、妹の婚約をアカシア王族満場一致で認めさせるためなのだろう。


 一連の不可解なリーンハルトの言動の答えが解り納得すると共に、キャロラインは自分の胸がツキリと痛んだような気がした。

 生まれて初めて可愛いと褒めてくれた人が選ぶのは、愛されるのは、やはり自分ではないのだと思い知らされる。


(あんなに素敵な耳と尻尾を持っている方と婚約できたら幸せだったのに……)


 人族はアカシア王国の人々のように獣人を怖れたり嫌悪している者が多数おり、そういった者達は大抵動物のことも毛嫌いしているが、実はキャロラインは違う。

 つぶらな瞳に、撫でた手触りに、肉球の得も言われぬ匂いに、たまらなく癒しを感じており、むしろ動物大好きと言っても過言ではないキャロラインにとって、目の前でモフモフの耳と尻尾を惜しげもなく曝け出すリーンハルトはかなり魅惑的に映っていた。


 キャロラインがモフモフ好きとなったきっかけは、幼い頃に離宮へ迷い込んできた子猫を触った時である。

 王宮で動物を飼うことは禁じられていたので、図鑑でしか見たことがなかったキャロラインは、初めて見る四足歩行の生き物にびっくりして目を丸くした。

 だが子猫の仕草のあまりの愛らしさに、恐るおそるそっと手を伸ばし撫でてみて、そのモフモフの触り心地に再度びっくりしつつも、あっという間に虜になった。

 その子猫は翌朝にはいなくなってしまったのだが、今でもあの心地よい感触を思い出すと見悶えてしまう。


 それ以来モフモフの虜になってしまっていたのだが、動物嫌い、獣人嫌いとして有名なアカシア王国には家畜以外の動物が極めて少なく、ましてや愛玩動物など皆無であった。

 しかし時折どこから流れてきたのか野良猫や野良犬が孤児院に住み着くことがある。

 バザーなどで訪れた時に、そういった猫や犬をこっそり撫でるのが唯一の楽しみである位はモフモフもフサフサも大好きであった。


 だから、目の前でひょこひょこと動くフサフサのリーンハルトの耳を見て、少しだけでも触ってみたかったな、なんて到底叶わぬ願いを心の中で打ち消す。


「不愉快極まりないですね」


 ふと、不快を滲ませた小さな呟きが聞こえた気がして、キャロラインは不敬なことを考えた自分に言われたのかとビクっと肩を揺らした。


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