エピローグ2
「……私のメンタルです」
「メ、メンタル?」
言われた言葉の意味が解らず呆けたキャロラインに対し、リーンハルトは焦ったように言い募った。
「キャロが可愛過ぎるので、心配で心配で堪らなくて、私以外の誰かと話すだけでメンタルがどんどん擦り減っていくんです! ですが私の嫉妬のせいでキャロに寂しい思いをさせていたなんて、申し訳なくて死にそうです」
三角の耳と尻尾をピーンと立てながら必死の形相で訴えたリーンハルトは、言い終えるなり拗ねたようにキャロラインの栗色の髪へ顔を埋めてしまう。
隣のギースは爆笑しており護衛はあんぐりと口を開けているが、耳が下がりに下がってしまったリーンハルトの頭を、キャロラインは照れながらも優しく撫でた。
忘れていたが、リーンハルトはドレスにだって嫉妬するのだ。
「死んだらダメです、ね?」
最初は驚いていたリーンハルトのメンヘラ発言も両手以上の数になれば慣れてくるもので、キャロラインが三角の耳をふわりと撫でながら諭す。
慣れてはきても突き放す勇気はない。
リーンハルトはキャロラインにとって、大事な大事な人だから。
「変態メンヘラストーカーのメンタルなど幾らすり減っても、いえ、むしろ減った位がちょうどいいと思いますけどね~。皆もキャロライン様と自由にお話ししたいですよね~?」
ギースの問いかけに、リーンハルトの言動に怖れを通りこして呆れ顔になっていた護衛や侍女が力強く肯定しているのを見て、キャロラインは困ったように苦笑した。
「私、皆様に嫌われてなかったみたいで良かったです」
微笑んだキャロラインに、周囲の者達の頬が赤く染まる。
「うわ、可愛い……!」
誰かが零した口パク程度の声量だったが、その呟きをリーンハルトが聞き逃すはずもなく、勢いよく顔を上げると、焦ったようにキャロラインを覗き込んだ。
「キャロ、不用意に微笑んではいけません。貴女は自分の可愛さが解っていないのです。そんな笑顔を振りまいていたら、数多の人が貴女の虜になってしまいます。もしその中の一人に絆されてキャロが私から離れていってしまったら、私は生きていけません」
そんなことは絶対にあり得ないとキャロラインは思ったが、自分を想うあまりに極端になるリーンハルトの思考は、恥ずかしいが嬉しい。
けれど、リーンハルトの三角の耳と尻尾がすっかり下がりきってしまっているのを見て、キャロラインは精一杯自分の気持ちを伝えることにした。
会話をすることにもう怯えはない。
けれど、うまく伝えられるかは選ぶ言葉次第でもある。
だから、まだ少し躊躇ってしまうのだが、言葉にしなければ伝わらない想いもあることを、キャロラインは十分過ぎる程、学んだばかりだ。
「私はハルト様のことが誰よりも大好きなので大丈夫……です」
大丈夫、この言葉はリーンハルトの母親である王妃がよく使う言葉だ。
キャロラインがトスカーナ王国へ来た頃は遠慮していたらしくあまり交流がなかったが、リーンハルトがローゼリアへ向かう時には、「さっさと行って、私の娘を奪い返してきなさい!」と、止めるどころか発破をかけたほどだという。
帰国した際には抱きしめられ、それを見たリーンハルトとキャロラインを取り合って火花を散らした出来事は記憶に新しい。
希薄だった実の母親とは築けなかった親子関係を、最初からやり直すかのように接してくれる豪胆で優しい義母のことを、キャロラインが好きになるのに時間はかからなかった。
だからスルッと大丈夫という言葉が出てきてしまったのだが、言われたリーンハルトの方は天を仰いだ。
「幸せすぎて尊死しそうです」
そう言って卒倒しそうになるリーンハルトだったが、ギースや護衛がこれ幸いにキャロラインへ話しかけようとするのを見るなり、身体を発光させ変身する。
そのままキャロラインを素早く背に乗せて走り出すと、ひらりと見張り台から庭園へ着地を決めた。
キャロラインへ正体を明かしてから、リーンハルトは度々人前で白狼に変身するようになっていた。
もちろんモフモフ好きのキャロラインが喜ぶからというのが最大の理由だが、変身しても周囲から怖がられなくなったことが大きい。
白狼になってキャロラインを乗せると何故か皆、生温い視線でリーンハルトを見守るようになったのだ。
今もまた、犬の庭師や熊の騎士団長らが庭園を疾走する二人をニヨニヨと笑って見守っている。
そんな周囲の温かい視線の中、モフモフフカフカの背に揺られたキャロラインは、リーンハルトの日を追うごとに加速してゆく溺愛に翻弄されつつも、愛される幸せを、信じられる喜びを、心から嬉しく思ったのだった。
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