69 過去との決別3
幾ら役立たずの地味王女だからといって、敗戦国でもない国の王女を妾にしようとするアデルセンの暴挙に心の中で眉を顰めていた観客達は、キャロラインの手枷と訴えに愕然とした。
奴隷制度がある国でさえ暴行や監禁は処罰の対象とされる中、アデルセンの行為は完全に行き過ぎており、特に娘を持つ親は憤りも露に演舞場へ厳しい視線を向ける。
今まで驚愕や困惑、リーンハルトへの恐怖などで混沌としていた観客達の意識が、はっきりとアデルセンへの敵視に変わったことで、ローゼリアの騎士達は焦りを覚えた。
元々、横柄で我侭なアデルセンに対し忠義心などはない。
このままこの場にいて、とばっちりを食らうのはごめんだとばかりに後退りを始めた騎士達だったが、聞こえてきた地を這う声に足を止めた。
「鎖で繋いで、髪を引き摺り、監禁……キャロを?」
微笑みを湛える余裕もないのか、一切の表情を消したリーンハルトの顔は、端正であるがゆえに造り物めいていて、騎士達は恐怖を覚える。
変身するつもりなのか身体を発光しだしたリーンハルトに、騎士達は自分の命が終わったことを覚悟した。その時。
「その方はハルト様が手にかける価値もない人間です。そんな人間に触れて、私の大好きな優しい手が汚れたら悲しいです」
繋がれた手を両手で握りしめ眉尻を下げたキャロラインに、リーンハルトの発光が止まる。
「くっ……八つ裂きに出来ないのは大変不本意ですが、汚れた手でキャロに触れるわけにはいきませんので諦めます。本当に……怒りでおかしくなりそうですが……」
諦めると言いながらも物騒な呟きを続け、視線だけで射殺す勢いのリーンハルトに、騎士達が震えあがる。
一方、アデルセンはキャロラインから向けられた嫌悪を、まだ信じられずにいた。
身分が釣り合わないから妾にした。
愛していたから監禁した。
怯える顔に興奮を覚えたから少しだけ痛みを与えた。
アデルセンにしてみれば全て愛情表現だったので、一体何が悪いのかわからない。わからないが、キャロラインは今まで見たことがないような冷たい眼差しを自分へ向けている。
そんな表情は望んでいない。
もっと怯えて怖がる様を見たいだけなのに……そう考えて、ふと違和感を覚えた。
「いや、違う……」
ポツリと呟いて、アデルセンは顔を上げる。
キャロラインに最初に惹かれたのは、微笑んだ顔を見た時だったはずだ。
それなのに自分はキャロラインから微笑まれたことがあっただろうか?
怯えた顔や苦痛に呻く顔に興奮を覚えたが、それは二人が愛を育む刺激と過程であり、いずれは自分に笑いかけてくれると信じていた。
だが今、キャロラインの墨色の瞳は明らかに拒絶の色に染まっている。
何を間違えた?
どこで間違えた?
「違う、違う……」
呆然とアデルセンが呟く。
その心に初めて後悔の波が押し寄せる。
だが周囲は、否定の言葉を口にするアデルセンに、まだ自分の非を認めないのだと思い益々嫌悪感を募らせ、キャロラインは苦々しく溜息を吐いた。
「アデルセン王子、私は他人を思いやる心を持たない貴方が、昔も今も大嫌いです。だから貴方の妾にはなりません。さようなら、もう二度とお目にかからないことを切に願います」
明確な拒絶の言葉を吐き出してキャロラインは踵を返す。
遠ざかってゆく栗色の髪に手を伸ばしたアデルセンの視界の先で、愛しい人が白銀色に輝く光の中に吸い込まれたと思った瞬間、白狼の背に乗ったキャロラインは演舞場から華麗に舞い降りると、あっと言う間に走り去っていった。
去り際に見たキャロラインは、野蛮な獣の背に乗っているというのに大層嬉しそうに微笑んでおり、それを見たアデルセンは発狂したかのような悲鳴をあげ続けた。
こうして大国ローゼリアの王子の結婚式に端を発した騒動は、リーンハルトの変身やアデルセンの暴挙、アリアナの本性など様々な事柄を公にして幕を閉じた。
ローゼリアとトスカーナ、二つの大国の王子が一人の小国の王女を巡って繰り広げた愛憎劇に各国は暫く対応に追われた。
獣に変身できるリーンハルトに恐怖を覚えた人族の国も少なくはなかったが、演舞場で見せたキャロラインとの遣り取りは概ね好意的に受け取られたらしく、仲を引き裂こうとしたアデルセンと、品位の欠片もないアリアナの言動を咎める声は日増しに強くなっていったのだった。
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明日はざまぁ中心となりますが完結まで投稿予定です。




