65 本物の番2
疑問が顔に出ていたのか、キャロラインを見たリーンハルトが驚いたように目を瞠る。
「え? もしかしてキャロも誤解していたのですか? 確かにあの時アカシア王族の方とは言いましたが、それはキャロのことですよ? というかキャロ以外ありえません。キャロの家族を悪く言いたくはありませんが、他の方々はこちらの末王女を筆頭に、底意地の悪さが滲み出ていて酷く醜いですから」
リーンハルトの発言に理解が追い付かないキャロラインは、呆けたようにアリアナの顔を窺う。
金髪青眼の妹は相変わらず美しく、贅を尽くしたドレスを着用しているのもあって、正に天使だ。
リーンハルトは醜いと言ったが、アリアナにとって醜いという言葉は正反対の位置にあるだろう。
キャロラインが本気でリーンハルトの視力を疑ってしまった一方で、アリアナもポカンとした表情になっていたが、次の瞬間、怒気も隠さず唸るような低い声でリーンハルトを睨みつけた。
「……私が醜い、ですって?」
今にも飛び掛かっていきそうな鋭い視線を向けたアリアナの形相に、彼女に懸想していた令息達が震えあがる。
しかしリーンハルトは、それよりも更に冷気を含んだ眼光で睨み返した。
「ええ。心が卑しいと顔にでるというのは本当ですね。アカシア王国のアリアナ王女、貴女の顔は天使のように美しいと噂されていますが、私に言わせれば見るに堪えないほど醜悪ですので消えてくださいと申し上げているのですよ」
口調は丁寧だが、殺されてしまうのかと思う位の殺気を放ったリーンハルトに、さしものアリアナも気圧されたが、強気の姿勢は崩さない。
「は? ふざけんじゃないわよ! 私のどこが醜悪なのよ! ケモノ風情に私の美しさが理解できるわけないだろうけど、番のくせに生意気よ! そんな失礼なことを言うなら、結婚なんて絶対してやらないから! 番の私に捨てられて後悔に苛まれながら絶望して死んでいけばいい! そうよ! 死ねばいいのよ! ざまぁみろ! バーカ、バーカ、バーカ!」
語彙力の欠如したあまりに低俗で聞くに堪えないアリアナの暴言に、各国から集まっていた観客達が完全に引いている。
番であるから、リーンハルトがアリアナを選んでも仕方がないと落ち込んでいたキャロラインも、想像を超えた妹の言葉遣いに、別の意味で顔を青褪めさせた。
そんな中、暴言を吐かれたリーンハルトその人だけは見下すようにアリアナへ冷たい眼差しを向けたまま、琥珀色の瞳を細く眇める。
「下賤な詐欺師のような貴女が私の番のわけないでしょう。気色が悪いですね」
リーンハルトの言葉にキャロラインは顔をあげた。
(アリアナが番ではない?)
放たれた言葉の意味を脳が処理している間に、アリアナの方が反論する。
「何ですって? 私のどこが下賤なのよ! 私はれっきとした王女なんだから! そこの地味なお姉様と違って、アカシア王族の証である金髪青眼を持った私は正真正銘本物の王女で……」
「そう思っていらっしゃるうちが花でしょうね。私の番であるキャロとは比べることも烏滸がましいほど品位が欠けていらっしゃいますが。
ところで金髪青眼といえば、獣人の中では割と有名な話があるのですが、人族にはあまり浸透していないようですね? 何も金髪青眼はアカシア王族固有のものではありませんよ? 特にその瞳の色は……」
「黙りなさいよ!」
激高して捲し立てていたアリアナだったが、黒い笑みを浮かべたリーンハルトの言葉を大声で遮ると、落ち着かないように爪を噛み始めた。
「どうします? ここで披露してもいいのですが、私としてはそんなことより一刻も早くキャロの誤解を解く方が大切なので、今は見逃してさしあげてもいいのですが?」
「は? な、何それ? そんな話なんて興味ない!」
まるで獲物を追い詰めた狼のように凄んでくるリーンハルトに、先程までの勢いはどこへやらアリアナが目に見えて狼狽する。
「それで? どうします?」
「な、何よ! 本当に、口の利き方を知らない無礼なケモノね! どうせ結婚式もメチャクチャだし、私、帰る!」
再度訊ねたリーンハルトに、捨て台詞を吐いたアリアナが憤慨したようにドカドカと品位の欠片もない足音を立てながら、呆気に取られた騎士達を押しのけ演舞場を降りてゆく。
階段の途中でアカシア王国から来ていた侍従を横柄な態度で呼びつけると、逃げるようにその場を去っていった。




