64 本物の番1
「アリアナ……」
豪奢なドレスを翻しコツコツとヒールの踵を鳴らして進み出た妹の名をキャロラインが口にしたが、アリアナは姉の存在など敢えて無視して傍らに立つリーンハルトへ流し目をくれた。
「ローゼリアの騎士を簡単にいなしちゃうなんて、リーンハルト様ってすごく強いのね。でも獣人だけあって、やっぱりちょっと頭は弱いのかしら? だって間違えてこんな地味なお姉さまを番認定した挙句さっさと婚約までしちゃったんですもの。
知ってる? お姉様ってお父様には捨ておかれ、お母様には嫌われ、お姉様達には無視され、お兄様には相手にされない、そんな不出来な人間なのよ? その証拠にリーンハルト様と婚約が決まってトスカーナ王国へ行く時も、持参金さえ持たせてもらえなかったでしょ?」
クスクスと笑うアリアナは天使のように愛らしく、近くにいるローゼリアの騎士達が頬を染める。
しかし観客席では一部の者達が顔を顰めていた。
何故なら、キャロラインを貶めるためアリアナが発言した『持参金を持たせたなかった』ことは虐げられているからといって看過できることではないからだ。
自国で蔑ろにされているからといって他国の王太子と婚約した王女へ持参金を持たせないなど非礼であり、それ以上に持参金も出せないなど国としての面目が丸つぶれになるので絶対にしない。
しかもそれを他国の賓客が集うこんな所で暴露するなど正気の沙汰ではなかった。
近年のアカシア王国の王女や王子は、美しい見た目だけではなく優秀だと賞賛されている。
しかし噂とのあまりの乖離にヒソヒソと囁き声が聞こえたが、アリアナはその騒めきさえもキャロラインへの侮蔑だと思い、得意げに話し続けた。
「それにしても番じゃなかったなんて、お姉様ったらリーンハルト様の理性が本能を凌駕するまでもなく捨てられちゃったのね、可哀想~」
優越感たっぷりにアリアナがキャロラインの顔を覗くと、そこには祖国で散々目にしていた苦し気に眉を下げた姉がいた。
期待通りの表情にアリアナのボルテージがあがる。
キャロラインがいなくなってからストレスの捌け口がなくなって、ずっと欲求不満だったのだ。
しかもリーンハルトがキャロラインとの婚約のために支払った結納金で絢爛豪華なドレスを作らせ、せっかく着飾ったというのに席が端っこの方だったため全く目立たない。
一応新婦の親族のため他の観客達のように演舞場の外周ではなく舞台の中に席はあったが、近くにいるローゼリアの貴族令息の一部がアリアナの美しさに見惚れているだけで、こんなに離れていては主役より美しいと評されても、姉の落ち込む顔を間近で見ることが出来ないと臍を噛んでいた。
それに結婚式の直前に会った時は、支度があるからとアデルセンから時間制限をされたため虐める暇がなかったのも面白くなかった。
相手が大国の王子のため我慢していたが、騒ぎが起こりアデルセン達が舞台の中央からアリアナの近くへ移動してきたことと、番が間違いだったことを聞いて、今までの鬱憤を晴らすかのように飛び出してきたのである。
アリアナはずっと虐めたくて堪らなかった久しぶりの玩具を前に、衆人環視の前だということも忘れて意地悪く笑った。
「私、ペットって一度飼ってみたかったのよね~。でもお父様もお母様も動物がお嫌いだし、私も毛がつくのは嫌だけれど、白銀色なら目立たないし、こまめに掃除させれば多少は我慢できそうだわ」
キャロラインがリーンハルトに好意を抱いているのは先程の二人の会話で察知していたし、彼の番が自分だったことも判明している。
だからこそ、キャロラインを落ち込ませるためリーンハルトを引き合いに出したのだが、いくら獣の姿に変身できるとはいえ獣人を侮辱するような発言をしたアリアナに、周囲の者も観客達も息を呑んだ。
しかしアリアナは目に見えて萎れてゆく姉の姿が楽しくて仕方がなくて、周囲の反応など気にもとめない。
「リーンハルト様もこんな地味で役立たずなお姉様ではなく、美しい私が番で良かったわね? そういえば獣人は番が絶対の存在なんでしょう? それじゃ、今すぐその薄汚いお姉様を手酷く拒絶して私に跪いてくださらない?」
「いい加減、その薄汚い口を閉じていただけませんか?」
シンッと静まり返った演舞場の上で、尚も続けられるアリアナの暴言を遮ったのは、凛と澄んだ静かなリーンハルトの声であった。
「アカシア王宮でお会いした時も申しましたが、外見ばかり整っていても内面が醜い方というのは相応の生き方しかできないようですね」
キャロラインを観察することに夢中になっていたアリアナは、一瞬言われた言葉の意味が解らずキョトンとした顔になる。
一方、謁見の間で出会った時のことを思い出してキャロラインも首を傾げた。
何故ならあの時、リーンハルトはキャロライン以外の家族のことを、外見は非の打ち所がない完璧な美しさを持ち優秀な頭脳と慈愛の精神を持っている、と言ったことを覚えていたからである。




