62 獣の咆哮2
キャロラインの言葉に「そうだ」と言わんばかりに返事をしたリーンハルトに、キャロラインは再会の嬉しさと同時に冷や汗が湧き出る。
「……ずっと猫だと思っていました……」
確か「猫さん」と言って触っていた。
キャロラインだって、今のリーンハルトを見れば猫だとは思わない。
よく思い出してみれば丸っぽい顔ではなかったのに何故間違えたのかと、キャロラインは余計に恥ずかしくなった。
「も、申し訳ありません……そ、それにしても、ハルト様は白狼の姿に変身できるのですね? ……あっ! もしかしたら、その姿だと話せないのですか? ……だからあの時もただ黙って寄り添っていてくれたのですね」
勘違いをしていたことを誤魔化すように手を伸ばせば、躊躇いつつも側に来たリーンハルトの毛並みを優しく撫でる。
温かくて柔らかくて、記憶の通りに極上の素敵な手触りだと、キャロラインが身体を撫でまわしていると呻くような声音と共に、リーンハルトの身体が収縮した。
「……すみません。ちょっとこれ以上は理性がもちそうにありませんでしたので……」
人型に戻り頬を染めて謝罪したリーンハルトとのあまりの至近距離に、キャロラインは赤面する。
女官長の手斧と鎖が激しくぶつかったせいで降り注ぐ鉄の雨の中、キャロラインを救うため飛び出したリーンハルトの顔は破片で少し切ったのか頬に数か所薄らと傷がついていた。
美しい顔に傷をつけてしまったことを申し訳なく思うが、リーンハルトはまるで気にしていないようにニコリと笑う。
その笑顔にキャロラインの心臓がドキリと跳ねた。
しかし服が破れ散って顕わになった上半身は、細身だと思っていたのに逞しい筋肉がついていて目のやり場に困ってしまう。
ずっと会いたいと願っていた猫(狼だったが)との再会と、毛並みの心地よさにばかり意識がいってしまい欲求のままに撫でてしまったが、リーンハルトは立派な成人男性なのである。
スラックスが無事で良かったと心底思ったが、キャロラインのすぐ目の前で露出されているリーンハルトの素肌に、幼かったとはいえ綺麗だ素敵だと触りまくっていた過去と先程までの自分を思い出し、羞恥で頭が沸騰する。
穴があったら入りたいと絶叫したい気持ちに、つい本音が零れた。
「私と会ったことを覚えていらしたのでしたら、仰ってくださればよかったですのに……」
言ってくれたら、リーンハルトを疑うことはなかったかもしれない。
恥ずかしさのあまり身勝手な主張になってしまい口籠ったキャロラインに、リーンハルトは微笑みながらも、またしても悲し気に瞳を伏せた。
「私は先祖返りですから……言ったらキャロが逃げてしまうかもしれないと思って言えませんでした」
「逃げる? 私が?」
「私はさっき見た通り本物のケモノですから……気色が悪いでしょう?」
「何故ですか?」
いつもと違い歯切れ悪く話すリーンハルトの表情がどんどん曇ってゆく理由が解らず、キャロラインが不安げに聞き返す。
一方のリーンハルトは心底不思議そうに聞き返してくるキャロラインを驚いたように見つめ返した。
「何故って……」
言葉を失ったリーンハルトに、キャロラインが首を傾げる。
その時、突然現れた白狼がトスカーナ王国王太子ということを、漸く認識した観客達から悲鳴があがった。
「ひいいいい! 狼!?」
「何だ、あの姿は!? あれでは本当にただのケモノではないか! 獣人とはいえあんな姿になる者など聞いたことがない!」
「トスカーナ王国は正真正銘ケモノが治める国だったのか!」
恐怖と驚愕が観客席を席巻し悲鳴や罵声が飛び交う。
演舞場から観客席が離れているため、まだ直接的な攻撃はしてこないようだが、演舞場にいるローゼリアの騎士達は皆一様に腰を下げ臨戦態勢をとっていた。




