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59 無言の結婚式2

 

「くくく。ざまぁないな、トスカーナの王太子。ケモノごときが美麗なる人族と一緒になる夢など見るからこうなるのだ」


 キャロラインが返事をしてくれないため不安げに尻尾を下げるリーンハルトに、アデルセンが勝ち誇ったような笑みを浮かべながら鎖を手繰り寄せるが、キャロラインは足に力を入れて抵抗を試みる。

 中々引き寄せられないことにイラついたのか、アデルセンは立ち尽くすリーンハルトと屈服しないキャロラインを大声で罵り始めた。


「ケモノが人間と結婚しようだなんて思い上がりも甚だしいんだよ! いい加減、自分の醜さを思い知るがいい! キャロラインもキャロラインだ! 全く、こんな時まで私の手を煩わせやがって!」


 アデルセンの怒声にキャロラインが眉を寄せる。


(煩わす?)


「お前がケモノの王太子なんぞに連れ去られるから、取り返すのに手間がかかったんだぞ!」


(手間?)


 何のことを言っているのかとアデルセンの顔を見れば、キャロラインの視線に気づいたアデルセンがヤレヤレといった体で嘲笑った。


「何だ? 気づいてなかったのか? 全く、これだからキャロラインはダメなんだ」


 キャロラインの墨色の瞳が拒絶の色から困惑に変わったことで少し気を良くしたのか、アデルセンが得意げに口を開く。


「管理が杜撰なケモノの国だからな。滝の周りの柵に細工をするのは簡単だったらしいぞ。感謝しろよ? わざわざこの私がケモノまで使ってお前を取り返す手間をかけてやったんだからな」


 ニヤリと笑ったアデルセンに、キャロラインの背筋が一気に冷たくなる。


(……な、なんですって?)


 あまりの衝撃に息をするのも忘れキャロラインはアデルセンを凝視する。


(ま、まさか……あの時、柵が壊れたのは意図的だったということ? 仕方なく私を妾にする癖に、手に入らなければ死んでしまうかもしれないような手段を選ぶなんて、どこまで最低な人なの!?)


 責めるように睨みつけたキャロラインに、アデルセンは呆れたように肩を竦めた。


「そう睨むな。下流に網を張らせてちゃんと回収してやったし、待機させていた医者にすぐに治療させてやっただろうが? 大体、いいか? お前がそんな目に遭ったのは、ケモノの分際で身の程知らずにも私の妾になる女に手を出したその男のせいだからな」


 あまりにも勝手な言い分に、キャロラインは物理的にだけではなく心情的にも言葉を失う。

 リーンハルトは、まだキャロラインに向けて片手を伸ばしたままの恰好だったが、怒りからか眉間には盛大に皺が寄っていた。

 それでも押し黙ったままじっと耐えているのは、キャロラインがその手を取ってくれるのを辛抱強く待っているためだろう。


(ハルト様の元へ行きたい。謝りたい)


 言葉にならない声だけが虚しく喉の気道をすり抜けるが、なんとか声を出そうとしているうちに少しずつ喉の感覚が戻ってきているような気がして、キャロラインは何度も発声を試みる。

 その間にもアデルセンは、反論しないリーンハルトに対し優位に立ったと勘違いしたのか、饒舌になっていった。


「そういえば数年前にも、番だ何だと我が国の貴族を追い掛け回していたケモノの女がいたな。野蛮なケモノが我が国を闊歩するなど目障りだったから、男の方に手を切らないと女を酷い目に遭わせるといったら自ら死を選びやがった。ケモノなんかに同情しやがって、バカな男だと思わないか? まぁ、バカの程度でいったら何も知らないままのうのうと生き恥を晒しているケモノの女の方が、計り知れないバカだけれどな」


 そう言って周囲の騎士達と共にアデルセンは大口を開けて笑う。

 ローゼリア王国はアカシア王国と同じように獣人を蔑視する傾向が強い。

 アデルセンに促された格好で笑った騎士達も、その瞳にははっきり侮蔑の色がこもっていて、知らない人間の話ではあるが、あまりの仕打ちにキャロラインはぐっと眉を寄せた。


 やはりアデルセンとは分かり合えない。

 こんな人でなしの妾になるのは絶対に嫌だと拳を握る。

 その時キャロラインの背後から、淡々とした声が聞こえた。


「へぇ、そう。そういうことだったの……」


 振り返った先には女官長が幽鬼のような表情で突っ立っていた。

 まだヘッドドレスを被り侍女のお仕着せを着ていたため、演舞場への立ち入りを咎められなかったのだろう。

 しかし、その瞳は虚ろに昏い。

 ゆらりと深紅の絨毯に向かい一歩前へ出た女官長を、視界に映したアデルセンは明らかに狼狽していた。


「な! お、お前はキャロラインへ薬を飲ませたらすぐに国外へ出ろと命じたはずだ! 汚らわしいケモノ風情を私の結婚式に招待した覚えはない! お前達、このケモノをつまみ出せ!」


 動揺しているのか、アデルセンは近くにいた騎士に向かって言い募る。

 しかし女官長は身体能力の高い獣人だけあって、取り押さえようとした騎士の手をすり抜けると、また一歩絨毯へ近づく。


「絶望に染まる猿もどきの王女の顔を見ようと思って残っていてよかったわ。騙されていたなんて屈辱だけれど、真実を知ることができたもの」

「衛兵、何をしている!? 早くケモノを処分しろ!」

「本当にバカね、私。あの時、別れを切り出した彼の顔が苦しそうだったことに今頃気づくなんて……」


 掴まえようと伸ばされた騎士の腕を身軽に躱した女官長は、ヘッドドレスを脱ぎ去りお仕着せのスカートの中から手斧を取り出すと、アデルセンに切っ先を向けた。


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