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57 望まぬ来訪者3

 目の前にいたのは、トスカーナ王国の王宮でキャロラインに嫌がらせをしていた女官長だった。

 キャロラインが階段から落ちてから姿を見なくなったが、あの時はリーンハルトから逃げ出すことばかり考えていたため、違う部署へ配属にでもなったのだろうと、ぼんやり考えただけで気にもとめていなかった。


 ローゼリア王国は人族が治める国である。

 トスカーナ王国にいるはずの女官長が、どうしてローゼリア王国にいるのかと訝ったキャロラインが口を開こうとして自身の異変に気が付いた。


「…あ……が……」


 女官長、そう言おうとしたはずなのに、キャロラインから漏れたのは意味をなさない擬音語だった。

 喉と口内が痺れるような感覚に襲われ声が出ない。


「へぇ、即効性があるとは聞いていたけど本当なのねぇ」


 女官長が感心するように放った即効性という言葉から、声が出せないのは先程飲まされたお茶のせいだと気づいたキャロラインが、命を奪うような毒物ではなかったことに安堵する傍らで、女官長は片眉をあげた。


「あんたのせいで、身一つで国を追い出されちゃって大変だったのよ? 罪人だから戸籍もなくて働けないし。トスカーナとローゼリアの国境沿いの街で途方に暮れていたら、たまたま通りがかったアデルセン様が声をかけてくれたの。私がトスカーナ王国の公爵家の者だってご存知だったみたいで、本当に助かったわ。猿もどきでもまともな人もいるのね」


 ニコリと笑った女官長だったが、キャロラインを押さえていた手を放すと、乱暴に床へ突き飛ばし、浮かべていた笑みを消す。


「でも、あんたは別。あんたのせいで不幸になったのに、あんただけ幸せになるなんて認めないわ!」


 女官長が国外追放になった理由がどうして自分のせいなのか、リーンハルトから階段落ちの顛末を知らされていなかったキャロラインは困惑した表情を浮かべる。

 トスカーナ王国にいた頃は単に人族の自分が気に入らないのだと考えていたが、今の女官長の言い分からすれば、まるでキャロライン本人に恨みがあるような言いぐさだ。

 しかし、キャロラインはリーンハルトに婚約される日まで獣人と接する機会は無かったはずである。


 恨まれる原因が解らず、声が出せないため訊ねることも出来ないキャロラインに、ヘッドドレスをかぶり直し、忌々しそうに吐き捨てた女官長は憎しみの籠った瞳を向けながら、持参してきた大きな箱からドレスを取り出した。


「猿もどきの着付けを手伝うのは癪だけど、首尾よく薬も飲ませられたし、報酬ももらったから、さっさと獣人の国へ行かなくちゃ」


 言いながら女官長は、後退っていたキャロラインの鎖を踏みつける。


「逃げるんじゃないわよ。ま、どうせ逃げられはしないんだけど」


 抵抗虚しく難なく鎖を手繰り寄せられたキャロラインが、着ていたドレスを引きちぎるように脱がせられ新たに着させられたのは、ローゼリアの名前のごとくバラの刺繍が施されたアデルセンの髪色の真っ赤な花嫁衣裳だった。


「あんた、アデルセン様の妾になるんですってね。小国とはいえ王女様なのに、妾なんてちょっと同情しちゃうわ」


 自分を虐げるアデルセンの妾にならなければならない喫緊の現実を思い出し、鏡の前で真っ青になって立ち尽くすキャロラインへ、女官長は少しだけ肩を竦めてみせる。


「猿もどきのくせに獣人の番になんてなるからこんな目にあうのよ。脆弱な猿もどきが誇り高い獣人の番なんて務まるわけがないの。獣人と人族が愛し合うなんて夢物語でしかないんだから」


 何か含みのあるような女官長の物言いに、鏡越しに彼女の方を見てキャロラインが眉を寄せる。

 しかし女官長はキャロラインの視線など目に入らないのか、鏡に映った自分のヘッドドレスを一瞬だけ見上げるとパンパンと両手を叩いた。


 女官長の合図と共に、部屋の外で待機していたのか騎士が数名入室してきて、キャロラインは有無を言わさず担ぎ上げられる。

 アデルセンから逃がさないように厳命されているのか、痛いくらいの強さで腕を捻りあげ乱雑に担いだ騎士によって連行されるキャロラインを、女官長が複雑な眼差しで見つめていた。


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