56 望まぬ来訪者2
人を信じる心は大切だが、化かし合いの政治の世界で相手を信用しすぎるのは命取りであるし、サインのくだりに至ってはこじつけにもなっていない。
(嘘でしょう……? この子、一体何年王族やっているの?)
呆気に取られたようにキャロラインが黙ったのを見て、アリアナは自分の言い分が正しいことを、漸く愚図な姉が理解したのだと溜息を吐いた。
「いちいち説明しないと理解できないなんて、本当に役立たずなんだから! 結婚式が終わったらちゃんと書類を寄越してよね! それじゃ、私は来賓席に行くから! はじめての主役なんだから、お姉様もせいぜい着飾ってもらえば?」
その地味な色合いじゃ何を着ても無駄だろうけど、という捨て台詞と共にバタンッとけたたましい音を立ててアリアナが出て行った扉を、キャロラインは呆然と眺めて深い溜息を吐く。
アカシア王国にいた頃と変わらない妹の態度と、それに臆してしまう自分に嫌気がさして窓の外を眺めようと腕をあげれば、ジャラリと鳴った鎖の重さに乾いた笑みが浮かんだ。
「初めての主役ね……でも仕方なく結婚してもらっても惨めで悲しいだけ……あの頃と何も変わらないんだわ」
アリアナに接したせいで、キャロラインの心に祖国での日々が蘇る。
ずっといらない子だと虐げられてきたキャロラインを、外の世界へ連れ出してくれた優しいリーンハルトはもういない。
妾にすると言ったアデルセンでさえ、キャロラインを鎖で繋いで塔に閉じ込めては虐待紛いの行為をしてくる始末で、仕方なく妾にするから甚振ってくるのかと思うと、悔しさで涙がにじんでくる。
結局リーンハルトがいなければキャロラインの価値など誰も認めてはくれず、役立たずな地味王女のままなのだ。
「もう、いっそ……」
そう呟いて窓の外を見下ろしたキャロラインだったが、扉をノックする音にビクリと肩が震える。
アリアナに会って弱い自分が出てきてしまったと頭を切り替えて返事をすると、頭を覆うような大きめのヘッドドレスを被った侍女が、大きな箱とワゴンを押して俯きがちに入室してきた。
「花嫁衣裳へ着替えるお仕度に参りました。準備の前にリラックスできるお茶をお持ちしましたので、お召し上がりください」
ワゴンに載せた茶器を鳴らして侍女がキャロラインに背を向けてお茶の用意をし始める。
だがキャロラインはお茶を飲みたい気分ではなかったので断りを入れた。
「あ、あの……申し訳ありませんが、お茶は結構です」
「左様ですか」
そう答えながらも手をとめない侍女にキャロラインは首を傾げる。
「結構」を「いらない」ではなく「いる」と捉えられたのかと思い当たり、言い直そうとした途端に、振り返った侍女が急に羽交い絞めにしてきてカップを無理やり口に押し込まれた。
「ぐっ! ゴクッ……! ゲホッ!」
力任せに無理やり飲ませようとしたのが拙かったのか、カップのお茶の大半は床に零れてしまったが、咄嗟のことだったのでキャロラインは口に流し込まれたお茶を少し飲み込んでしまう。
まさかローゼリアでも命の危険に晒されると思っていなかったキャロラインの脳裏に、毒殺の二文字が浮かんで青褪めたが、耳元で放たれた声に聞き覚えがあり動きを止めた。
「手間取らせないでよ!」
身体は押さえつけられていたので、顔だけゆっくり振り返ったキャロラインの視線を受けて、俯いていた侍女は顔をあげヘッドドレスを脱ぐ。
頭上に生えた白い三角の耳とその下にある顔を見て、キャロラインは驚きで目を見開いた。




