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55 望まぬ来訪者1

 ずっと来ないでほしいと願っていたキャロラインの祈りも虚しく、アデルセンとの結婚式の日はやってきてしまった。

 塔の中へ監禁されてからもキャロラインは脱出を諦めなかったが、幾ら考えても失敗に終わる結末しかみえなくて決行出来ていない。

 一番の問題は手首に嵌められた鎖であった。


 トイレや入浴に困らないためなのか長い鎖は地味に重い上に、手首を拘束した鎖の反対側は壁に埋め込まれた輪っかに嵌められ、アデルセンが持つ鍵がないと外せない仕組みになっている。

 血の気が失せて手の平が真っ白になるほど鎖を引っ張っても、手首にピッタリと嵌められた手枷は抜ける様子はなく、食事の塩分を利用して腐食をさせようにも結婚式まで時間がなくて断念した。

 それでも最後まで足掻こうと、壁からピクリとも動かない鎖をキャロラインが引き抜こうとした時、不意に扉が開かれた。


「やだ、最悪~。大国の王子様と結婚するのに、こんな部屋に鎖で繋がれて閉じ込められているなんて、やっぱり地味なお姉様らしい扱われ方ですわね」


 久方ぶりに聞こえた声に、キャロラインは俯いていた顔を反射的に上げると目を見開く。


「ア、アリアナ? どうして……」

「どうしてここにって? お父様達に代わって結婚式に参列しに来たのよ。私だって暇じゃないのに来てあげたんだから感謝してよね」


 ブツブツと文句を言うアリアナは、いつもは下ろしている艶やかな金髪を今日は珍しく結い上げている。

 身に着けたドレスもいつもより数段豪奢な眩いばかりの代物で、正に天使のようだ。


「お父様もお母様もお姉様の結婚式には参列したくないんですって。本当に嫌われてて、可哀想〜。ところでこのドレス素敵でしょう? このドレスを買ってくれるって言うから、仕方なく私が来てあげたのよ」


 アリアナは自分の姿に満足しているのかドレスのスカートを翻すとニコリと微笑んだが、黙ったままのキャロラインに不快気に眉を寄せた。


「それにしても獣人王太子の婚約者として出て行ったくせに、他国の王子の妾になるなんて、お姉様ったら地味なくせに節操までないのね」


 バカにしたように鼻で笑うアリアナに、キャロラインはギュウッとスカートを握りしめる。

 連日鎖を外そうと力任せに引いていたからか、擦り切れてしまった皮膚がじんじんと痛んだ。

 だが本当のことを言ったところで妹が自分を助けてくれるわけがないことを、キャロラインは解っていた。

 妹だけではない。

 父親だって母親だって家族は皆、キャロラインのことを嫌っているのだから助けなど求めるだけ無駄なのだ。

 現に今だってドレスに釣られた妹以外、家族は誰も来ていない。


 諦め思考になったキャロラインの脳裏に白銀の髪が過る。

 リーンハルトならばキャロラインの置かれたこの状況に、眉を顰めてくれただろうか。

 心配してくれただろうか。

 優しい彼を拒絶してしまったのは自分なのに、ブワっと涙腺が緩くなったことに唇を噛むことで誤魔化したキャロラインを、アリアナは流し目で見ながら嘲るように言葉を続けた。


「まぁ、新しいドレスも買ってもらったし旅行もしたかったから別にいいんだけど~。きっと、みんな主役であるお姉様より私に注目しちゃうだろうなぁ。可哀想~」


 チラリとアリアナがキャロラインを見ると、姉は口を引き結んで俯いてしまっている。

 久しぶりに姉を虐げられたアリアナは満面の笑みを浮かべ、可愛らしく首を傾げると口を尖らせた。


「ところで、どうしてお母様たちからの書類の返信をしてこないの? 届いてるんでしょ?」

「そ、それは……だって……」


 キャロラインは言い澱む。

 アデルセンから渡されたアカシア王国の書類をキャロラインは放置していた。

 王妃以下の王族のサインを真似できることを知られた時は肝を冷やしたが、アデルセンが書類を作成するよう指図してくることがなかったことは幸いだった。

 アデルセンにしてみれば結婚式の準備でそれどころではなく、式が終わった後にじっくりアカシア王国を内部から併合してゆく考えであったが、キャロラインはとりあえずは無理強いされなくて良かったと安堵していた。

 ただ一度だけ、難民認定らしき書類へ兄王子のサインをするよう強要されたが頑なに拒否をした。


 キャロラインにしてみれば辛い思い出ばかりの故国だが、偽造書類が横行し割を食うのは文官達や国民だ。

 だから脅されて、髪を鷲掴みにされ鎖で引きずられても、決してサインをしなかった。

 そのうちにアデルセンの方が根負けしたのか、何やら捨て台詞を吐いて出て行ってしまったので、心底ホッとしたものだ。

 しかし、自国の内情が書かれた書類を他国へ送りつけるような人間に、真っ当な理由を言っても無意味だと思い、アリアナには言いあぐねていたのだ。


「お姉様がいなくなってから何だか公務は忙しくなるし、みんな何故前のようにできないのって煩いの。だからさっさと仕事しなさいよ、役立たず!」


 口を噤んでしまったキャロラインをアリアナは責め立てる。


「ローゼリア王国でアカシア王国の仕事をしてもいいって、お母様とお兄様も了承しているのに返信してこないなんて、随分偉くなったものね」


 やはりというべきか、自国が被る損害など知ろうともしないアリアナの言い分に眩暈がしそうになったが、苦言を呈すべくキャロラインは口を開く。


「で、でも、自国の内情が他国に筒抜けになってはよくないわ。それにサインだって偽造だから……」

「は? 何言ってるの? 書類はお姉様宛に送ってるんだから筒抜けになるわけないじゃない。それにサインはする人がいいって言ってるんだから問題ないでしょ!」


 アリアナの言葉にキャロラインは絶句した。


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