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49 一番会いたくなかった相手2

 やっぱりモフモフは素敵だ。

 自分も獣人に生まれていたならば、番だと間違われることも、好きな人から殺されるほど憎まれることもなかったのに、と恨みがましい気持ちになるが、手の中の温もりに少しだけ勇気づけられて口を開く。

 何故なら先程から、アデルセンがねっとりとした眼差しを向けているような気がするからだ。


(いきなりキーホルダーを手にしたから、呆気に取られているのかしら? でも大切な物だし……ただ、なんだか視線が……そう……視線が気持ち悪い……)


 キャロラインを蔑むくせに、執着めいた視線を寄越してくるアデルセンに嫌な予感がする。

 口下手なため上手く伝えられる自信はないが、ここではっきり自分の意見を主張しなければ大変な目に合いそうな気がした。


「た、助けていただきありがとうございました。それでは、わ、私はアカシア王国へ帰りますので、これにて失礼いたします」


 余計なことを言って揚げ足をとられないように必要最低限の謝礼を述べたキャロラインは、カーテシーをした後にすぐに踵を返すと退室しようとスタスタと扉の方へ歩き出す。

 身体中痛みはするが一刻も早くこの場から立ち去るべきだと、頭の中で警報が鳴り響いているのだ。

 しかしアデルセンは擦り抜けようとしたキャロラインの腕を掴むと、呆れたように口を開いた。


「失礼する? まさか歩いてアカシア王国へ帰るつもりか?」

「はい」


 と、いうのは勿論真っ赤な嘘だ。実際、距離的にも体力的にも不可能である。

 本当はこのままどこかの修道院へ行こうと思っていた。そうすればトスカーナ王国にもアカシア王国にも戻らなくてすむ。

 期せずしてリーンハルトの番ではないと判明してから考えていた逃避行が叶ってしまった格好だが、好都合だとも言えた。


 キャロラインの返事に呆気にとられたアデルセンだったが、やがて堪えきれないとばかりに噴き出し始める。


「女一人で歩いてアカシア王国に帰れるわけがないだろうが。本当にバカな奴だ。そういえば、トスカーナ王国へ帰るとは言わないんだな? やっぱりケモノは嫌だったか」


 獣人を蔑視する言葉を吐いて愉快そうに眉を上げるアデルセンに、キャロラインは不快気に眉を寄せたが、彼はお構いなしに話し続けた。


「普通は婚約者のいるトスカーナ王国へ帰りたいというものだろう?」


 ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべるアデルセンに、まさか番は間違いで殺されそうになりました、なんて言えるわけもなく口を噤む。


「まぁ、いい。とにかくキャロラインはケモノのところへ帰る気がないってことは解ったわけだ」


 何故だか上機嫌になったアデルセンだったが、キャロラインを掴む腕の力は強くなるばかりだ。

 滝に落ちたため身体中が痛いが、掴まれた腕の方が何倍も痛むし怖い。

 キャロラインが身を捩って逃れようとすると余計に力が籠められ、次第に頭が下がってゆく。


「幼い時の約束通り、仕方がないから私の妾にしてやろう」

「……なっ!……」


 何を言い出すのだと、がばっと顔をあげたキャロラインにアデルセンは不敵に笑った。


「ケモノの王太子との婚約は無効にしてやる」


 言われた言葉にキャロラインの心が冷水を浴びせられたかのように縮こまる。

 リーンハルトに殺されそうになってから、生きるために婚約解消をずっと望んでいたはずなのに、他人から宣言されると現実味を帯び、それがどうしようもなく悲しいと思ってしまい、身勝手な自分に嫌気がさした。

 しかしキャロラインが沈黙したことを了承したと勘違いしたアデルセンは、意気揚々と語り始める。


「王女キャロラインは悍ましいケモノに殺されかけたところを我が国で保護したとアカシア王国へ連絡したら、国王はお前が私の妾になることに同意したぞ。元々キャロラインを妾にすると宣言していたのはこちらが先なのに、約束を反故にしたのはアカシア国王だから当然といえば当然の結果だがな。

 ケモノの軍事力を背景に脅されたのだから仕方がないが、吹けば飛ぶような弱小国の分際で、大国ローゼリアの王子である私との約束を反故にしたことが癪に障ったのは事実だ。だがキャロラインを私の妾にするのを認めれば、その失態も容赦してやると言ったら喜んでお前との婚姻を承諾してきたぞ。私の慈悲深さに感謝するんだな」


 ハハハハと笑いながら得意げに語るアデルセンだが、キャロラインは自分の意識がない間に勝手に進んだ話に目の前が暗くなる。

 長いものには巻かれる主義の父王らしいし、きっとキャロラインが誰へ嫁ごうが関心がないのだろう。

 そう考えて、父王はやっぱり自分がいらなかったのだ、と改めて実感して言いようのない焦燥感に襲われた。

 それでもアデルセンとの結婚だけは嫌だと心を奮い立たせる。

 仕方がないという理由で結婚されるのは、どうしても嫌だった。


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