48 一番会いたくなかった相手1
気が付くと頭の下に敷かれた柔らかすぎる枕に、キャロラインは違和感を覚えた。
(私の部屋に、こんなに柔らかい枕なんてあったかしら?)
思い出すのはアカシア王国の離宮で、枯葉を集めてぼろ布を敷いただけのカサカサゴソゴソした感触だ。
そういえばその枕も暫く使用していない。
最近ではふんわりとしながらも程よい固さを持った上質な枕に慣れてしまっていたから、とぼんやりと考えていると、段々意識が覚醒してゆく。
「ここは……」
呟いてから辺りを見回し見慣れない調度品に不安を覚え、急いで身を起こしたキャロラインだったが身体の痛みに顔を歪めた。
それでも何とかベッドから這い出て立ち上がってはみたものの、服の間から覗く腕も足もあちこちが傷だらけだ。
だが滝から落ちて命があっただけマシだろう。それよりもここがどこなのか、助かったようではあるがあれからどの位の時間が経ったのか、キャロラインが自分の今の状況を把握しようとした時、背後から声がかかった。
「気が付いたか」
キャロラインが目を覚ます前から室内にいたのか、足音もなく近づいてきた見慣れない男に顔を覗き込まれ、悲鳴をあげそうになる。
しかし男が暴漢や盗賊なら下手に刺激をしない方がいいと冷静に判断し口を噤むと、なるべく距離をとろうと身を守るように後退った。
しかし警戒するキャロラインがせっかく離した距離を男は難なく詰めると、やたらと親し気に話しかけてきた。
「ケモノの国へ拉致られたお前が、まさか川から流れてくるとは驚いたぞ」
驚いたと言う割にちっとも驚いた様子ではない男を訝しく思い、キャロラインは相手を注意深く観察する。
真っ赤な髪を後ろに流して優雅な笑みを浮かべている男が着ている服は、大層質のよいフロックコートだ。
その身形から相当位が高い者だということは判断できたが、キャロラインは男が誰なのか見当がつかずにいた。
(誰? 盗賊の類ではなさそうだけれど……)
対峙したまま不審そうに男を見るキャロラインに、男の方は口角をあげるとニヤリと笑った。
「ここはローゼリア王国の王宮だ。同族の誼で仕方なく助けてやったんだから感謝しろよ?」
ローゼリア王国と仕方がないという男の言葉に、思い出したくもない過去の出来事がキャロラインの脳裏を掠める。
『約束どおり仕方がないから妾としてもらってやる! 醜いケモノよりはマシだからな』
目の前にいる男と、幼いキャロラインが自死を選ぶほど絶望するきっかけを作った王子の顔が重なる。
「ロ、ローゼリア王国の……」
驚愕で目を見開いたキャロラインに、ローゼリア王国の第一王子アデルセンは不敵に笑った。
「そうだ。漸く思い出したか。地味な上に頭も残念なんだな。まぁ妾になる程度の女はバカな位がちょうどいいから問題ない」
相も変わらずキャロラインを蔑み自分勝手な言い分をするアデルセンに、キャロラインは口を引き結ぶ。
幼い頃の時のようなショックを受けることはないが不快なものは不快だ。
(この人はどうして、よく知りもしない私のことをそこまで堕とすのだろう? 同じ人間でも……)
そこまで考えて浮かんできた白銀の髪を靡かせた面影に、キャロラインの心がツキリと痛む。
アデルセンに貶されたことよりも、リーンハルトを忘れられないことの方が辛いと感じたことに、我ながら未練がましいと自重した。
それにしても滝壺へ落ち、あの濁流に呑まれて生きていたのは奇跡だが、まさか、この男に助けられるとは一生の不覚である。
ぎゅっと無意識にドレスを握りしめてハッとする。
キャロラインが着ていたのは、見たことがない赤色のドレスであった。
慌てて周囲へ視線を向けると尻尾のキーホルダーはすぐ側の枕元に置いてあり、ホッと胸を撫でおろす。
水を含んで少し毛が固くなってしまっているようだったが、捨てられていなかったことに安堵してキーホルダーを手にとった。




