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41 手から零れ落ちたもの2~リーンハルト視点~

 リーンハルトがそんな鬱屈した子供時代を過ごしている頃、隣国のアカシア王国で近隣の王族を集めた式典が開かれることとなった。

 式典の後では夜会もあるらしく、王子である自分にも招待状が届いていたが、いつ狼の姿になるかわからないリーンハルトは当然欠席させられると思っていた。

 しかし父親はそんな息子にいい笑顔で親指を立てた。


「狼になったら物陰へ隠れちゃえばいい」

「すばしっこいから大丈夫よ」


 父親に追随して母親まで、何が大丈夫なのかわからない理屈でもって朗らかに笑っている。

 あっけらかんとした両親の言いぐさに戸惑ったリーンハルトだったが、結局二人に押し切られる形で式典へ出席を決めた。


 今思えば両親は、太后に煙たがられ自分達以外と意思疎通のできないリーンハルトを一人残していくことが心配だったことと、引っ込みがちだった息子を外に連れ出し社交性を身に付けさせようという荒療治を兼ねていたのだろう。

 リーンハルトは両親に置いて行かれなかったことに安堵しながらも、同時に不安になっていった。

 その心配はアカシア王国に到着すると更にひどくなり、塵一つない絢爛豪華な白亜の王城は卑屈なリーンハルトをさらに萎縮させ、獣人を見る人族からの好奇と蔑みの視線も地味に堪えた。


 結果益々塞ぎこんでしまったリーンハルトを心配した両親は式典だけに出席すると、夜会は欠席することにした。

 不甲斐ないと落ち込むリーンハルトは、自分のせいで両親まで夜会を欠席したことを気に病み、ますます暗くなる。


 すっかりしょげてしまった息子を見て、「招待客に紛れて夜会のご馳走を食べに行くわよ! それなら夜会も一応出席したってことになるでしょ?」と片目を瞑った母親は、どこから手に入れたのか三人分の鬘を用意すると、有無を言わさずリーンハルトの頭に被せ獣の耳を隠し得意気に頷いた。

 さらには尻尾の穴が開いていない人族用の服まで着させてくる始末。


「耳痛い。尻尾が窮屈」

「文句言わない! さ、ご馳走! ご馳走! 立食形式みたいだからバレないって。大丈夫、大丈夫!」


 根拠のない大丈夫は母親の口癖で、言い出したらきかないのも母である。

 そんな母親だから太后に嫌味を言われてもへっちゃらなのだ。

 ちなみに父親は母親の性格を知り尽くしているので、こんな時一切反論をしない。


「アカシア王国の料理は見た目が美しいことで有名なんだよ。ただ味の好みは人それぞれだから……まぁ、一度思う存分食べてみればいいさ」


 隠されたことで耳と尻尾が気持ち悪く、むくれたリーンハルトに、朗らかに笑った父親は自らも耳を隠す鬘を被ると、独り言のように呟いた。

 そんな父親の不穏な物言いにリーンハルトは首を傾げるが、母親はさして気にしなかったようだ。

 変装が終わったリーンハルト達は、張り切る母親に急かされるまま周囲を窺いながら客室を後にした。


 アカシア王国の美しいがどこか無機質な白亜の王宮に怯えながら、人族に扮したリーンハルト達は他国の貴族を装って夜会会場である大広間へ赴く。

 リーンハルトはばれやしないかと緊張で震えていたが次第に太々しい両親の態度に気分が大きくなり、目の前の料理を堪能することに専念し始めた。


 豪快な盛り付けのトスカーナ王国の料理と比べて、美しく飾られた料理の数々は繊細で量も少なめだ。

 最初は物珍しさから目を輝かせていたが、次第に何を食べても同じような味付けの料理に飽きてしまい父親が言っていた言葉を思い出す。

 隣で溜息を零した母親も同じ感想だったようで、そんな二人に父親は苦笑していた。


「国が違えば味付けも違う。料理も人も好みは人それぞれ違うから面白いんだよ。でも、やっぱり自国の料理が最高だなって思い知ったでしょ? それが解っただけでもここへ来た甲斐はあったよね」


 父親の言葉にリーンハルトも母親も素直にコクンっと頷くと、三人で顔を見合わせて笑い合う。

 祖母である太后には嫌われていたが、両親は決してリーンハルトを邪険にはしなかった。

 父親は久方ぶりに笑顔を見せた息子の頭を鬘越しに撫でると、母親に目線だけで頷き、部屋へ戻るため大広間を退出しようとする。

 その時、会場中に不遜な子供の声が響き渡った。


「アカシア王国の王女だというのに随分地味な女だな。これでは政略結婚の相手としても使えんだろう。仕方ないから私が妾としてもらってやる。醜いケモノよりはマシだからな」


 王女を妾にするなど失礼極まりない発言に人々は好奇の目を向ける。

 やがてその視線は、暴言とも言うべき言葉を放ったローゼリア王国第一王子アデルセンの前で項垂れた、王女と呼ぶには質素すぎるドレスを纏った地味な少女を捕らえて、嘲りの眼差しに変わった。


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