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40 手から零れ落ちたもの1~リーンハルト視点~

 トスカーナ王国の王太子の執務室でリーンハルトは憔悴しきっていた。


「ああ、キャロ……キャロ……」


 窪んだ琥珀色の瞳は虚ろに彷徨うばかりで、焦点はちっとも定まらない。


「キャロのことを閉じ込めたほうがいいなどと考えた罰なのでしょうか……」


 護衛に抱き留められたせいでキャロラインから違う男のにおいがした時に、リーンハルトは嫉妬から心の奥底にある本音を口走った覚えはある。

 勿論、キャロライン本人の前では必死に堪えたが、腹心のギースには思わず吐き出してしまった。

 だって、キャロラインのことが好きすぎておかしくなりそうだったのだ。

 ギースに後始末に困ると言われ自重したが、番に触れた者を切り刻んで何が悪いのかと今でも思っている。


「やっと……やっと手に入れたのに……」


 目の前で滝に落ちていったキャロラインの姿が頭から離れない。


 自分だけを見て、自分だけを頼ってほしいのに、階段を落ちてからの彼女はどこかおかしかった。


 突然の婚約に始まり半ば無理やり連れ帰った自覚はあるので、自分色のドレスを着せ、花束もお菓子も彼女の好きなものを準備して、徐々にキャロラインを囲っていったつもりだった。

 獣人を羨望の眼差しで見つめる彼女のために、尻尾のキーホルダーを贈った時はあまりの喜びように思わず物に嫉妬して、自分の尻尾そっくりの模造品を作らせた。

 キャロラインが頬擦りする様子を想像したら模造品にまで嫉妬して、顔を埋めてみたりもした。この尻尾に彼女が頬擦りすると思ったら、先にどうしても自分の匂いを付けておきたかったのだ。


 きっと喜ぶだろうとウキウキしながら執務を熟していたリーンハルトの元へ、キャロラインが階段から落ちたと連絡が来た時は、本当にショック死寸前だった。

 命に別状はなかったようで安心したが、それ以来やっとの思いで縮めた距離を、また離していってしまったキャロラインに、焦りと苛立ちが募りリーンハルトから余裕がなくなったのは事実だ。


「猿もどきなんて嫌いでしょう、か……」


 キャロラインが放った言葉を反復して、リーンハルトは酷薄な笑みを浮かべる。


「ええ、嫌いです。キャロ以外の人族なんてみんな嫌いですよ。身体能力に優れ国力が強い獣人の機嫌を伺うくせに、陰でケモノと蔑むような奴らなんて好きになれるわけがありません」


 だがキャロラインは違ったのだ。

 初めて会った時、彼女はリーンハルトのことを綺麗だと褒めてくれた。

 猫だと勘違いしているようだったが、初めて他人に受け入れられたリーンハルトにとっては、些細なことに過ぎなかった。


「同胞や祖母にさえ散々白い目で見られたこの身体を、両親以外で優しく抱きしめてくれたのはキャロだけでした」


 獣人は身体能力に優れてはいるが、人族に耳や尻尾が生えているだけで動物に変身できるわけではない。

 だがごく稀に『先祖返り』と呼ばれる者が産まれてくることがあった。


 『先祖返り』は普段は他の獣人と同じように耳や尻尾があるだけではなく、変身して完全に動物の姿になることができた。獣人が人族から侮辱される謂われを体現した、まさしくケモノである。


 変身すれば全ての身体能力が飛躍的に増すが、感情のコントロールが利かない幼い頃は意図せず動物の姿になってしまうことが多く、その異形の姿に獣人の中にも畏怖だけでなく嫌悪感を抱いている者がいる。

 リーンハルトはその『先祖返り』だった。



 幼い頃は自分の意思とは関係なく変身してしまうリーンハルトに、生涯出会わない可能性のほうが高い『先祖返り』を間近で見た周囲は怯えと困惑の表情を浮かべた。

 それは国王である父親の母にあたる太后も同様で、リーンハルトへ殊更辛く当たった。

 唯一の孫であったため王太子に据えることは了承したものの、面と向かって「近寄らないで」と拒絶し、『先祖返り』を産んだというだけで母親である王妃をも貶す(と言っても母親は何を言われても平然としており、祖母はそれも癪に障ったようだが)太后は、リーンハルトとの確執を隠そうともしなかった。


 太后に忌み嫌われたリーンハルトの存在を周囲は持て余し、王太子という身分もあって当然友人などは作れず、遠巻きにされ距離を置かれる。

 寄ってくる者は親に言われて仕方なくというのがありありと見て取れ、明らかに怖がっていた。

 そんな調子だったため物心がつく頃にはリーンハルトは相当卑屈な子供になってしまっていた。

 両親はリーンハルトを愛してくれたが、自分ではどうしようもないことで他人から拒絶されるのは子供心に傷ついていた。


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