39 崩壊の足音2~アカシア王国~
キャロラインがいなくなった弊害はまだ続く。
アリアナ主導の孤児院のバザーだ。
これまでキャロラインが刺繍し売上の大多数を占めていたハンカチが、ほとんど売れ残ってしまったのだ。
理由は明確。アリアナは刺繍入りではない、サインをしただけのハンカチを出していたからである。
元々刺繍が苦手だったこともあるが、アリアナはバザー前日まで何の打合せもしなかったばかりか、当日の手伝いさえも拒否した。
バザー自体は孤児院のシスター達が準備をしてくれたので滞りなく開催されたが、アリアナが寄越したハンカチを見て目を疑った。
いつもは凝った刺繍が施され、売る側のシスター達も思わず欲してしまうハンカチが、今回は赤インクでただ一文字『A』とサインをしただけのものだったからだ。
アリアナの『A』なのだろうが、フルネームどころか頭文字を殴り書きしただけのハンカチである。
いくら王女が書いたと宣伝しても欲しがる者はおらず、むしろこんな酷い品物を出してきた王女に失笑が漏れるほどであった。
しかしアリアナは、孤児院のバザーは慈善事業であるし、アカシア王国の天使と呼ばれる自分がサインをしたハンカチならば飛ぶように売れるだろうと、金額をいつもより高額に設定した。
実際はサインさえも侍女にさせていたので字体もバラバラ、乾かす暇がなかったのかインクも滲んだ代物である。
当然、そんなハンカチが売れるわけもなく、バザーを開くたびに売れ残ったハンカチの在庫だけが増えていった。
キャロラインが執り行っていた時には、バザーの売上で孤児院の様々な備品を購入できていたが、売上がなくなり質素倹約を強いられた子供達からは笑顔が消えていった。
更にバザーに出すハンカチを購入する資金は、王妃のお茶会に出席していた貴族のご婦人達から寄付金として徴収していたのだが、そちらも参加者が激減したことで資金が集まらなくなってしまっていた。
だがアリアナは山のように残った在庫などお構いなしに、バザーの度にハンカチを大量に発注する。
寄付金が少なくなってもそれは続き、購入費は孤児院の運営費から捻出しだした。
たかがハンカチ、されどハンカチである。大量購入すればそれなりの出費になる。
売上がないまま購入費だけが膨らみ、とうとう食べる物にさえ事欠くようになった王都中の孤児院から、王宮に陳情書が届いたことで事の次第を知った文官達は、運営費を国庫から補填するしかなくなった。
王太子や王妃のやらかしの後始末に奔走していたため、孤児院のことまで手が回らなくなっており、アリアナの暴走に気づくのが遅れたのも悪手になった理由である。
文官達は頭を抱えた。
王太子の書類確認不足が原因の関税での損失、王妃の茶会での失態からの税収入の大幅減、アリアナの孤児院バザー失敗による追加補正予算。
それらがアカシア王国の財政を圧迫しているというのに、国王は優秀だと信じてやまない王妃達の相次ぐ失態を、誰にでもミスはあると鷹揚に構えているだけで叱責をしないどころか、自らは何の手も打とうとはしなかった。
ましてや、この失態の原因が、全てキャロラインがいなくなったことに起因しているなど考えもしていない。
この不協和音がまだ序章に過ぎないことを理解していたのは、キャロラインの優秀さを知る文官達だけであった。




