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3 王女キャロライン3

 

『国王にも王妃にも疎んじられている地味王女』

『両親のどちらにも似ていない出来損ない、アカシア王国の恥さらし』

『生まなければ良かった、と王妃は常日頃からぼやいている』

『姉兄達も醜いキャロラインのことを妹だと思っていない』


 今まで特段気にしていなかったが、乳母が呪いのように吐き捨てていた自分を詰る言葉は全て真実で、そのことがキャロラインを打ちのめした。


 それでも家族に愛されたいと思った。

 脳裏に過るのは両親に抱かれたアリアナの幸せそうな笑顔と、それを見守る姉兄達の優しい眼差し。それはとても暖かそうで、アリアナのようにはなれなくても、せめて家族の一員として一緒の空間にいたいと願った。


 その日からキャロラインは読書の合間に話す練習を始めた。

 元々身体に異常があったわけではなかったので、緊張さえしていなければ発声すること自体は問題なかった。ただ、相手がいないだけで……。

 それでもキャロラインは独り、心に感じたことを呟くことを諦めなかった。


 しかし突然独り言が多くなり、虚空へ話しかけるキャロラインを不気味に思ったのか、乳母はもう耐えられないとばかりに辞職してしまった。

 そのせいで食事が用意されなくなり、調理場までこっそりと残飯を貰いに行く日々になったが、努力すればいつか認めてもらえる日がくると自分に言い聞かせた。

 使用人達が廊下や厨房で会話をしているのを、陰からこっそり聞き耳を立て参考にしたりもした。


 その涙ぐましい努力のおかげで、キャロラインは一人の時には随分とおしゃべりになっていた。

 だが如何せん会話する相手がいないため、誰かと話す時は緊張してしまい中々言葉が出てこない。

 結局家族とは会話らしい会話はできないまま、キャロラインは19才になっていた。



 相変わらず家族からは式典で顔を合わせても完璧に無視されている。

 孤独の中、必死に頑張っていたキャロラインだったが、さすがにこの齢までくると既に諦めのような境地になっていた。


 それに変化もあった。

 10才になった頃から、キャロラインは仕事を与えられるようになったのだ。


 特別な式典以外には出席しない穀潰しなのだからという理由で、最初は姉達と妹の代わりに孤児院のバザーへ出す刺繍入りの小物を作らされ、収益を元に運営管理をさせられた。

 それが大方うまくいったため、そのうちに王妃がやるべき王宮の経費の支出管理の帳簿や様々な庶務仕事、はては兄王子が熟すはずの国民や貴族からの陳情書の取り纏めや解決策、他国の賓客へのもてなしの準備等、枚挙したらキリがないが、それら全てを任されるようになったのである。


 キャロラインは会話こそ流暢にできないままだったが、知識は豊富で指示は的確、おまけに手先が器用だった。

 知識は読書以外にやることがなかったせいであり、同じように的確な指示は、会話の勉強のために使用人達の会話を盗み聞きしていたお陰で、貴族ばかりではなく民草の様々な意見や要望を知りえていたためだ。

 器用なのは離宮(小屋)の修繕を自分でやるしかなかったからなのだが、キャロラインが刺繍しバザーで出したハンカチは毎回即完売する盛況ぶりだった。


 ただし、キャロラインが熟した仕事の功績は全て王妃達のものにされている。

 無駄に器用なキャロラインは、一度戯れで王妃達のサインさえもそっくり完コピしてみせたことがあり、その完成度は本人が見ても本物と区別がつかないほどの出来であった。

 そのため決済の署名押印をすることも面倒がった王妃達に、サインさえも記入するよう脅されたが、公文書偽造の罪深さを知るキャロラインはそれだけは拒み続けた。


 王妃達にしてみれば軽い気持ちで頼んだようだが、どんなにぶたれても罵られてもサインをしないキャロラインに渋々折れ、仕方なく署名と押印だけはしている。

 しかし、そうやって最後だけでも携わっているため、離宮へ書類を運んでくる文官と騎士以外の、国の重臣や父親である国王、仕事を押し付けている当の本人達でさえ、キャロラインが行った仕事は全て自分達の功績だと錯覚している始末で、優秀だと讃えられた姉兄や妹へは、麗しい見た目も相まってひっきりなしに縁談の話が舞い込んでくるようになっていた。


 そうしてキャロラインが王妃達の執務を熟すようになって暫く経った頃、双子の姉達は揃って遠方の大国へ王子妃と公爵夫人として嫁いでゆき、兄王子は立太子した。

 父王は溺愛している妹のアリアナは手元に置きたいらしく、彼女の婚約者は国内の貴族の中から選定中らしい。


 アカシア王国の天使と呼ばれる愛らしいアリアナは、誰に会ってもその美しさを賞賛され、父王も王妃も誇らしげにしていた。

 ドレスや宝飾品は贅を尽くした最高級品のみが用意され、それらを纏ったアリアナはまさに天使のようだとまた絶賛された。


 一方、キャロラインに与えられたのは使用人よりも質素なワンピースだけで、式典には身体に合わないドレスが用意され、支度を手伝う侍女さえも付けてもらえない。

 そのドレスも簡素というより貧相なもので、侍女がいないため一人で着られるもので良かったとは思うが、食事も満足に貰えない痩せた身体も相まって、どう見ても王女には見えない有様である。

 また王族の末席にイスさえ用意されず屹立しているので、貴族から挨拶をスルーされることもしばしばだった。


 それでもキャロラインはいいと思っていた。

 家族の代わりに執務を熟すことで、自分は彼らの役に立っているのだと思い込もうとしていたのかもしれない。

 それがここにいる理由なのだと、ここにいてもいいいという証明なのだと言い聞かせて、ただ懸命に日々を過ごしていた。


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