38 崩壊の足音1~アカシア王国~
キャロラインが滝へ落ちる少し前、祖国アカシア王国では政務の弊害が出はじめていた。
まずはキャロラインの兄にあたる王太子であるが、他国との新しい作物を輸出入する際に取り決める関税を、かなり不利な条件で承認してしまっていた。
キャロラインが大半の仕事を捌いていて、王太子に回ってくる時にはサインだけの状態だったことを知る文官達は、重要書類を回さないようにしていたのだが、新人の文官が誤って混入してしまったのである。
キャロラインがいなくなってから、少しずつ多くなってきた書類にうんざりしていた王太子は、中身を確認することなく承認のサインをしてしまったらしい。
「書類にサインをするだけでも大変なのに、いちいち確認していたら遊ぶ暇がなくなる! もう、うんざりだ!」
文官達から責められた王太子はそう叫ぶなり、執務室を飛び出してしまい二度と戻ってくることはなかった。
責任感皆無の王太子の言動に文官達は絶句した。
国内外から評価の高い王太子が、実際は全く仕事ができないことを初めて知った文官も多く一様に驚く。その驚きも王太子の失敗の後始末で暫く帰宅できない日々が続くと、苛立ちに変わっていった。
そんな不平不満と疲労困憊の文官達に追い打ちをかけるように、今度は王妃がやらかす。
主催したお茶会で失態を演じてしまったのだ。
今まで王妃のお茶会は全てキャロラインが計画し、自分は参加が許されていないものの念入りに采配していた。
しかし王妃は何の考慮もせず自分の好みで席順を決めたので、相性の悪い夫人が隣同士となった卓などは殺伐とした空気になった。
更に自分が好きだからという理由で、アレルギーのある食材を使用したお菓子を出したため、体調を悪くした令嬢が倒れ医師が駆け付ける騒ぎとなったのである。
アナフィラキシーショックで倒れた令嬢は幸いにも意識を取り戻したが、問題はその後王妃が令嬢へ謝罪どころか、お茶会を台無しにした無礼者だと罵ったことだ。
王妃の態度に、表立っては頭を下げるしかなかった令嬢の母親だったが、事前にアレルギーについて連絡していたにも関わらず配慮されていなかったことに激怒していたので、ご婦人ネットワークを駆使してお茶会での顛末を方々へ吹聴した。
自分の娘の命が危険に晒され、それを逆ギレする王妃が主催するお茶会など誰だって出席したくはない。
この後も何かしらの不備が続いたこともあり、次第に王妃のお茶会は招待客が集まらなくなり、他国の賓客からも倦厭されるような有様になっていった。
お茶会は情報交流がメインである。
王妃は純粋にお茶会を楽しんでいたようだが、文官や騎士達は給仕から招待客の会話の内容を聞き取りし、様々な噂や流行を知りえていた。
そのお茶会が不発となり国内や他国の情報が得られなくなってしまったため、先物取引の情報が入らず市場統制が後手後手に回り、利益を出せなくなってしまったことを文官達は嘆いた。
またお茶会も満足にできない無能な王妃がいる国として、アカシア王国の品位は著しく下がってしまう。
今までは王妃が多少常識のない言動をしても、美しさでカバーできていた。けれど見た目の良さでは隠しきれない失態続きに「どうして急に?」と、不審がる者さえ出てくる始末であった。




