36 望んだ別れ2
「弱小国の人族の王女風情が、我がトスカーナ王国の王太子妃になるなんて到底認められませんわ」
「アカシア王族のくせに髪色も瞳も地味ですし、この方の我儘のせいで護衛と侍女が異動になったらしいですわよ」
「まぁ! 尻尾も大きな耳もないくせに、なんて傲慢なのでしょう」
振り返ったキャロラインは、愛らしい尻尾を逆立てながら現れた令嬢達が、口々に責めるように言い募るのを呆然と眺める。
(尻尾や大きな耳があれば傲慢でもいいのかしら? それに私は傲慢なの?)
疑問に思うも、そうなのかもしれないと投げやりな気持ちになる。
現に自分が生きたいために話せないふりをしているわけだし、護衛や侍女が異動になったのだって、キャロラインが関わっているのは確かだ。
それでも理不尽だなと感じてしまうのは、この所熟睡できていないせいか苛々が募っているせいかもしれない。
かといって彼女達にイラつくのはお角違いであるし、彼女達の言葉こそが獣人達が自分に抱いている本音のような気がした。
それにアリアナが罵りに来た時に反論したら酷い目に遭ったのを思い出す。嵐は過ぎてくれるのを待つしかないのだ。
しかし無言のままのキャロラインに、令嬢達のボルテージは上がっていく。
「番だから愛されるなんて思ったら大きな間違いですわよ! 王太子殿下にはもっと相応しい方がおりますわ!」
「王太子殿下も貴女が番で本当はがっかりなさっているはずよ! 番だから仕方なく婚約者にしただけですから、勘違いなさらないでくださいまし!」
「仕方なく……ですか……」
ポツリと呟いたキャロラインの言葉は令嬢達には届かなかったようで、彼女達はまだ責め立てる姿勢を崩していない。
自分の中で諦め昇華できたと思っていたことでも、他人に指摘されると想像以上にずっしりと響くものである。
抉られるような胸の痛みと泣きたくなるほどの焦燥を覚えて、キャロラインが俯きそうになった時、一人の令嬢が言い放った言葉に下げかけた視線を止めた。
「それにしても残念ですわ。優秀な王太子だと噂されていらしたのに、いくら番とはいえこんな方を婚約者にするなんて、リーンハルト様の品位まで疑ってしまうわね」
勢いのまま口を滑らせたのだろうが、リーンハルトを侮辱するような言葉に、キャロラインの冷え切っていた感情が逆撫でされたように騒つく。
自分のことは何を言われても仕方がないと諦めようとしていた。
けれどリーンハルトを侮辱したことは許せない。
反射的にそう思ったキャロラインは、気づいた時には言い返していた。
「私のことが気に入らないのであれば、アカシア王国へ帰してくださって結構です。私のような地味王女が、誇り高き獣人の王太子妃となるのが許せないのでしょう? 私も聡明な殿下が、私のせいで瑕疵がつくのは本意ではありませんもの」
「え?」
会が始まってから一言も発しない、大人しい地味な王女だと思っていたキャロラインが反論をしたことで令嬢達は一瞬鼻白んだが、すぐに憎らし気に睨みつける。
「そ、その通りよ!」
「目障りなのよ!」
「解っているなら、さっさと出て行きなさいよ!」
小国の王女に反論されたことが面白くなかったのか、滝の音に負けないくらいの声量で言い募る令嬢達を、キャロラインは墨色の瞳で見据えた。
リーンハルトが悪く言われたのは、全部至らない自分のせいだ。
そのことが情けなくて申し訳なく思う。
だから早くこんな瑕疵のある自分など捨ててほしい。
でも殺されたくはない。
もうどうしたらいいのかわからない。
キャロラインは自分でも制御できない複雑な気持ちを、ぶつけるように令嬢達へ吐き出した。
「私は番だからと婚約され、この国へ連れてこられた身ですので、王太子殿下との婚約が破棄されればすぐに帰国となるでしょう。しかし皆様の仰る通り弱小国の王女ですので、こちらから破棄を言い出すことは憚られます。ですから皆様が殿下へ提案なさってみてはいかがですか? 大国の貴族令嬢である皆様なら、王太子殿下に意見することなど造作もないのでしょう?」
人は感情が昂ると、普段はつっかえていた言葉もスルスルと出てくるものらしい。
言ってしまってから自分の発言の意地悪さに青くなったキャロラインだったが、反論は挑発として令嬢達に伝わったようで、彼女達の表情が更に険しくなった。
「な、なんて生意気な方なの!」
「猿もどきのくせに!」
「こんな失礼な方が、我が国の王太子妃に相応しいわけがないわ!」
一人の令嬢が手を振り上げるのを、キャロラインは黙って見つめた。




