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35 望んだ別れ1

 打撲の痛みがすっかり良くなったキャロラインは、再開した王太子妃教育の合間に図書館へ通いつめるようになり、トスカーナ王国の地理を頭に叩き込んだ。

 自分が世間知らずの役立たずな王女だという自覚があったため、修道院で保護してもらい下働きでも何でもして置いてもらおうと考え、トスカーナ王国から比較的近い人族が治める隣国へのルートを確認していたのである。


 逃亡が成功してもキャロラインは祖国へ戻る気はない。

 仮に戻ったとしても家族から罵倒されるのは明白であるし、今度こそ毒杯でも賜ってしまいかねないからだ。

 ちなみにアカシア王国で毒杯を飲む位なら、リーンハルトに殺された方がマシだと思ったことは内緒である。


 祖国にいた頃は母親や兄達の執務を熟していたし、元々学ぶことは嫌いではない性分のため逃亡ルートは幾つか思いついていた。

 だが、階段から落ちて以来護衛の監視が厳しく実行できずにいた。


 キャロラインが手を拱いている中、王太子の婚約者として初めての公務が言い渡される。

 滝見の会と呼ばれる会合への出席で、文字通り滝を見ながら貴族らが親交を深める茶会のようなものだ。

 獣人達は爆音を立てて勢いよく流れ落ちる滝を見るのを好むらしく、リーンハルトと共に馬車に揺られて辿り着いた急峻な崖の中腹に設置された観瀑台で、キャロラインは思わず身を竦ませた。


「この滝が流れ込む川は、急流ですが大変美しいことで有名なんですよ。後で下へ行って一緒に見ましょうね」


 轟轟と流れる滝の激しさに恐怖を覚え、怯えたような仕草をしたキャロラインへ、リーンハルトが優しく囁く。

 本当は滝だけを見る会のようだが、きっとキャロラインを気遣ってくれたのだろう。

 相変わらず優しいリーンハルトにキャロラインの胸が痛んだが、素知らぬ顔でコクンッと頷きながら、図書館の蔵書にあった地図を思い浮かべた。


 目の前に流れる滝はトスカーナ王国から隣国ローゼリア王国へ流れる河川の途中にあり、観瀑台が設置されたここは風光明媚な場所として人気だ。

 だが同時に落下事故が多い危険な場所でもあるらしく、身を乗り出して滝を覗けないように幾つも柵が取り付けられている。

 頑丈そうな柵ではあるが、落とされないように注意しなければとキャロラインは警戒を強めた。


 滝見の会は比較的気安い雰囲気の交流会なため、参加している貴族達もめいめい親しい者達同士で談笑したり、散策したりしている。

 開催の挨拶なども特になく、正式な発表の前に王太子の婚約者を高位貴族へ事前にお目見えさせるためだけに参加させられたようだ。

 キャロラインは、もうすぐ消そうとしている婚約者をお披露目する必要があるのかと疑問に思ったが、正式な紹介はされなかったことで、油断させるつもりなのだと判断していた。

 それに、城から抜け出せたこの状況は逃げ出すチャンスともいえた。


 しかし会が始まってからもリーンハルトはキャロラインへぴったりと張り付いて離れない上に、そもそも滝と崖に囲まれたこの場所に逃げ場はない。

 下の川へ連れて行ってもらってから検討したほうが良さそうだと、キャロラインが滝の流れに見入ったふりをしていると、リーンハルトの元へ彼と同じ白銀の耳と尻尾をした高貴そうな男性がやってきた。


 キャロラインへ軽く一礼した男性はリーンハルトへ何やら耳打ちする。

 するとリーンハルトが微かに顔を顰めた。


「キャロ、申し訳ありませんが少しの間だけ側を離れます。柵があるので危険はありませんが、念のため私がいない間は滝へ近づかないでくださいね」


 名残惜しそうにキャロラインの髪を撫でたリーンハルトに、周囲の令嬢達が騒めく。

 しかしリーンハルトがキャロラインから離れた途端に、彼女達は彼に秋波を送り始めた。

 王太子と交流を持ちたいのか、少し離れた所で話すリーンハルト達の会話が終わる機会を待ちわびるように、彼らを囲む令嬢達の柔らかそうな耳と尻尾が揺れる。

 時折尻尾がぶつかったりしているが、モフモフモフモフ気持ちよさそうである。


(ああ、触りたいなぁ……)


 令嬢達の揺れる尻尾を見ながらぼんやりと考え、キャロラインは辺りを見回した。

 実は尻尾を模ったキーホルダーをポケットへ忍ばせてきているのだ。


(つい持ってきてしまったけれど、ポケットの中でなら触ってもいいかしら? やっぱりダメよね……)


 自問自答して溜息を吐きたくなったキャロラインだったが、後ろから投げかけられた悪意むき出しの言葉に動きを止めた。


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