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31 閉ざす心2

 掛布の中でギュッと拳を握ったキャロラインだったが、身体中に激痛が走り苦痛に顔が歪む。


「キャロ? ……まだ痛みますよね。可哀想に」


 心配そうに覗き込んできたリーンハルトの琥珀の瞳は不安げに揺れ、キャロラインからの返事を待っているようだったが、目覚めてから何も話さない彼女を気遣ってか、労わるように言葉を続けた。


「キャロ、何か欲しい物はありますか? してほしいことは? どんな些細なことでも遠慮なく仰ってください。キャロが元気になってくれるなら、私はどんな願いだって叶えてみせます」


 リーンハルトの優しさに、彼が呼ぶ愛称に、白々しいと思う反面キャロラインの胸がズキズキと痛む。


 祖国ではいつも地味王女とかアレ呼ばわりされ続けてきた日々で、誰もキャロラインを愛称どころか名前ですら呼んでくれなかった。

 出会ってすぐに求婚してきたリーンハルトの優しさに甘えて、呼び捨てにしてほしいと願ったキャロラインに、リーンハルトは愛称呼びを提案してくれた。

 愛おしそうに自分を「キャロ」と呼んでくれるリーンハルトの声を聞く度に、嬉しさがこみ上げ幸せで満たされた。


 でもそれはキャロラインが番だったから与えられた幸せで、番でなかったら享受できないものである。そしてどうやらキャロラインはリーンハルトの番ではないらしい。

 また誰にも愛されない日々に元に戻るだけなのに、そのことが胸を抉る。

 こうなることが怖かったから、完全には彼を信じないようにしていたというのに、痛みと共に胸にぽっかり穴が開いたかのような喪失感に襲われた。


 暗く、昏く、落ちてゆく気分の中、ぼんやりと眺めた視線の先にはリーンハルトの柔らかそうな耳が揺れている。

 ずっと触りたいと思っていた白銀の毛並みを撫でる権利は永久になくなってしまったが、白く光るリーンハルトの毛色が幼い頃に触ったモフモフの毛並みと重なって、キャロラインの中でどん底まで落ちていた気持ちが少しだけ浮上してくる。


(それでも生きる権利位はあるはずだわ……)


 そもそも家族にさえ相手にされない地味王女なんかが、愛し愛されることを望んだのが間違いだったのだ。

 そう言い聞かせてキャロラインは恋心を捨てて生きる道を模索し始める。

 あの時のように人生を悲観して自死を選ぶことはしたくなかった。

 かといって大人しく殺されるつもりもない。リーンハルトを好きになっていた自分はもうやめるのだから、逃げ出す道はあるはずである。

 けれど決意したのに胸の痛みは更に増して、眉を寄せて押し黙ってしまったキャロラインに、リーンハルトが焦ったように身を乗り出した。


「キャロ? ……もしかして声が出ないのですか?」


 青褪めたリーンハルトがそっと手を伸ばすのが見えて身構える。

 悪気はなくても心を弄んだリーンハルトに二度と触れてもらいたくなかったが、優しく頭を撫でられると、また勘違いしそうになってしまいキャロラインは口を引き結んだ。


「今はまだショックを受けているのでしょう。大丈夫、すぐに良くなります。良くなっていただかないと私が参ってしまいます」


 キャロラインを励まそうとするリーンハルトだったが、彼の頭上で三角の耳は半たれている。


「キャロ、一緒に少しずつリハビリしていきましょう! 大丈夫です、必ず元のように可愛い声が出せるようになります。もし声が出なくても、キャロが私の大切な婚約者だということに変わりはありません」


 耳は半たれのままだが、リーンハルトは琥珀の瞳に力をこめて甘く優しい労わりの言葉を紡ぐ。

 しかしリーンハルトの言葉の機微をキャロラインは聞き逃さなかった。

 今までだったら、大切な「婚約者」ではなく「番」と言ったはずだ。

 そのことがキャロラインの中で、自分が番ではないということを益々確立させてゆく。


「キャロを守れなくて申し訳ありません」


 謝罪をしたリーンハルトに、申し訳ない気持ちになるのを打ち消してキャロラインは口を噤む。

 このまま声を出さなければ、出来損ないの役立たずな地味王女として婚約は穏便に解消になるかもしれないと、悲しい期待をして心の中で自嘲した。


(出来損ないの役立たずな地味王女……か……)


 アカシア王国で何度も何度も言われ続けた呪いの言葉は、今もなおキャロラインを縛り付ける。


(何を夢見ていたんだろう……今までだってそうだった。地味な私なんかが愛されるわけがないのに……誰も私のことなんて好きになってはくれないと、随分昔に諦めていたはずなのに……)


 リーンハルトが向けてくれた愛情に期待してしまった自分が滑稽で、涙が出そうになってしまいキャロラインは痛む身体で一礼する。


「キャロ? ……傷が痛むのですね。今日はもうゆっくり休んでください。そしたらきっと元通りになりますから……」


 キャロラインが頭を下げたことで、休みたいのだと察したリーンハルトが退出するため席を立つ。

 瞳を伏せたキャロラインにはリーンハルトの表情は見えなかったが、気遣うように部屋を出て行ったことだけは解った。

 それでももう、彼を手放しで信じることはしない。


「元通りになる? そうね、愛されない日々に戻るだけだわ……」


 一人残された部屋で抑揚のない声で小さく呟く。

 たかが恋だ。夢は覚めるものである。

 そう思い込むことにして悲鳴をあげる心に蓋をしたキャロラインは、この日から一切言葉を発しなくなった。

 ショックで言葉を話せないとリーンハルトが勘違いしたことを利用したのだが、一番の理由は会話をして、彼から直接否定の言葉を聞くのが怖かったからなのかもしれない。


明日から更新は夜になります。

GW終了〜、また仕事の日々が始まります(-_-;)

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