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29 過去の出来事3

 感じたことがない感触にキャロラインは驚いて下を見る。

 そこには一匹の真っ白な動物がキャロラインの足へ纏わりついていた。


「……え? 犬? 猫? 狐? 虎……ではないよね?」


 図鑑でしか見たことがない生き物がいきなり現れたことに驚いて目を瞠り、可能性がありそうな動物の名前をあげてみる。

 顔だけ見れば犬っぽいが、子供のキャロラインの膝位までの大きさと明り取りの窓から入ってきたであろう身軽さから推察すれば、猫の可能性が高いと考えた。


「あなたは猫さん? 私はキャロラインというの」


 当然答えは返ってこないが、キャロラインを見上げて首を傾げる様子が、まるで「大丈夫?」と心配してくれているように思えて、無意識にそっと腕を伸ばす。

 だが、もしかしたら自分なんかに触られるのは嫌かもしれないと、触れる寸前で躊躇すると白猫は甘えるように尻尾を擦り寄らせてきた。


「触らせてくれるの?」


 キャロラインの言葉が解るかのように、伸ばした手に頬擦りを始めた白猫の触り心地の良さに、心の底まで沈んでいた気持ちが浮上してくる。


「柔らかい。それにとても暖かいね」


 顎の下を撫でてやると気持ちよさそうにグルルと喉を鳴らす白猫に、荒んでいた気持ちが凪いでゆく。


「私ね、もう何もかも嫌になっちゃったんだ。誰も地味な私なんて愛してくれないんだって、私なんて生きる価値がないんだって、もういっそ死んじゃおうかなって思ったの」


 人ではない白猫相手だからなのか、スラスラと言葉が出てきたことに内心驚きながらも呟いたキャロラインに、猫はまるで一瞬責めるように尻尾を立てると心配そうにグリグリと頭を擦り付けてくる。

 その仕草にキャロラインがクシャリと微笑む。

 それがキャロラインの願望が見せた勘違いであろうと、相手が猫であろうと、誰かが自分に寄り添ってくれることが嬉しかった。


「でもね、猫さんに会えたから、死ぬのやめる。こんなに素敵なモフモフを触れるのに死んじゃうなんて勿体ないもの。それに世界では今日食べる物がなくて困っている人だっているって本に書いてあったわ。そんな人に比べたら私は十分に恵まれている王女なのだから、愛されないってだけで悲観して死んだらダメだよね」


 自分に言い聞かせるように白猫を撫でながらキャロラインは流暢に言葉を紡ぐ。


「それにしても貴方の毛並みって最高ね! 猫さんがこんなに素敵な手触りだなんて知らなかった! この触り心地を知れば、動物を好きになる人も増えると思うのに、この国の人達は勿体ないことしてるのね。私なら毎日でも触っていたいわ。猫さんに触れるなら、もう他の誰にも愛されなくてもいいかなって思えてきちゃうかも」


 ポロポロと涙を零しながら笑ったキャロラインに白猫は首を傾げると、強がりの嘘を見透かすように目を細めて、流れていた涙を一舐めし柔らかな尻尾を擦り寄せてきた。

 まるで「元気をだして」というような素振りにキャロラインの眉が八の字に下がる。


「ありがとう」


 思わず抱きしめた白猫の温もりに、抱いているキャロラインの方が優しい安堵感に包まれる。

 動物は汚れるという理由で飼うことを禁止されている王宮に、一体どこから侵入してきたのか解らないが、その後も尻尾を摺り寄せ、撫でられるまま身体を触らせてくれていた白猫は、朝目覚めたらいなくなっていてそれっきり会うことはなかった。

 それでも心を折られて自棄になりかけたキャロラインを救ってくれたことは確かで、きっと、あの白猫がいなければ自ら命を絶っていたかもしれないと思う。


「もう一度会いたいな」


 あれから孤児院で他の猫や犬を触りながら、何度もそう願ったキャロラインの望みは叶えられないまま、ゆっくりと意識が浮上する。

 いつの間にかソファでうたた寝をしてしまったようで、懐かしい遠い記憶の夢を見てしまったようだ。

 あの時、王妃にぶたれた額の傷は少し跡になってしまい髪で隠している。

 無意識にその傷を撫でながらキャロラインは溜息を吐いた。


 目覚めてしまえば現実に引き戻され、番ではないと言われたショックがまだ頭の中をグルグルと巡り考えが纏まらない。

 少し風にあたりたい気分になり、再度見張り台へ向かうことにした。


(いつもは城中を覗いていたけれど、今は遠くの山々でも眺めて後ろ向きになってしまう気分を落ち着かせよう)


 そう考えて自室を出ると、部屋の外で待機をしていた護衛が心配そうにこちらを見つめるので、無理やり微笑みを作って目礼を返す。

 キャロラインが扉を閉めて歩きだすと、護衛は何故かあたふたしながらも後をついてきたので、きっと番ではないなどと聞いてしまってバツが悪いのだろうなと心の中で頭を下げた。


 いつも通りの見張り台までの道。

 異変が起きたのは、キャロラインが部屋を出て階段を中ほどまで昇った時だった。


 不意に階下から侍女の悲鳴が聞こえ、キャロラインは後ろを振り返る。

 侍女は何かに怯えているようだった。

 護衛に見てくるように目配せしたキャロラインは、振り返った姿勢のまま階段に佇む。

 その背中が押され、あっと思った時には階段を転がっていた。

 

 無傷で落ちるには無理な高さだし、あまり身体を動かすことが得意ではないキャロラインでは受け身さえとれそうもない。

 転がりながら見えた視界の端で、階段から走り去る人影に獣人特有の長い尻尾が見えたが、数回身体を打ち付けた後叫ぶような護衛の声がこだまする中、キャロラインの意識はぷっつりと途絶えたのだった。


階段落ちの様子が不自然との指摘を頂いたので修正しました。

次話で詳細は説明する予定だったのですが、確かにこの回では唐突過ぎて不自然でした。

修正したので、たぶん自然(自然な階段落ちって何?)になっているはずです……。

ご指摘ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 階段を中ほどまで昇ったところで背中を押されたとしても、前に手をつくくらいで転げ落ちるのは不自然かと思われます。 後にいた護衛は、お仕事放棄してますね。
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