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2 王女キャロライン2

 19才になる第三王女であるキャロラインには双子の姉と兄が一人、そして妹が一人いる。

 しかし両親に軽んじられる彼女を姉兄たちも蔑視し、侍女達からでさえ「地味王女」と蔑まれ、いない者として扱われていた。


 赤子の時から離宮に追いやられたキャロラインにとって、唯一の拠り所であったのは乳母だったが、彼女はいつも憂い顔で自分の不幸な境遇を嘆いていた。

 それでもなけなしの義務感と王城勤めの給金の良さから一応は世話をしてくれていたが、一緒に遊んだり甘やかしたりさせることは一切せず、ただ食事の世話をし、大人が読むような難解な書物をキャロラインへ与えていたに過ぎない。


 乳母の気紛れか単に自分で相手をすることが面倒だったからなのか、文字の読み方だけは教えてもらえたキャロラインは、他にすることがなかったこともあり、幼い頃は貪るように本を読むことだけが生活の全てであった。


 こうして知識だけは増えていったが、キャロラインの心はいつも満たされないような気がしていた。

 そして空虚な心の渇きが何なのかわからないままキャロラインが7才になった頃、王族全員が出席する式典へ初めて参加した彼女は、漸く自分の心の渇きの原因を知ったのである。



 キャロラインの記憶の限り、それまで年始の挨拶のため数回だけ顔を合わせたことがある父王は常に厳しい表情をしていたし、母親は視線が合っても無表情のままで、決して笑いかけることはなかった。

 今回の式典でもその態度は変わらず、久しぶりに会ったキャロラインに一瞥もくれることはない。


 だがその両親が、テテテテッと小走りで近寄ってきた幼子を抱きかかえるなり、慈しむように微笑んだのである。


 数年前に生まれたと噂で聞いていた三歳年下の妹アリアナは、両親の色を受け継いだ双子の姉達と同じ美しい金髪青眼をしており、精巧な人形のようだと評判の姉兄達の中でも抜きんでて愛らしかった。

 そのアリアナを両親は目に入れても痛くないほど溺愛し、式典の間も膝の上に乗せ可愛がる様子に、キャロラインの胸が何故かザワザワと騒ぎ出す。

 今まで感じたことのないざわつく心の原因が何だかは解らなかったが、キャロラインはアリアナから目を離せなかった。


 まだ幼いアリアナは式典の途中で飽きてしまったのか、やがて父王の膝から飛び降り周囲を歩き始めたが、国王夫妻に溺愛されている末子を咎める者はおらず、王族の末席に隠れるように立っていたキャロラインの側までやってくると、貴族達が居並ぶ広間への階段を降り始める。

 さすがに王族席を離れるのはまずいだろうと考えたキャロラインが、アリアナを抱き上げようと手を伸ばしたその時、乾いた音が響いた。


「お前のような地味王女がアリアナに触れないで! 汚らわしい!」


 パンッと広間に響いた音に、何事かと思ったキャロラインが顔をあげると、そこには怒りの形相をした母親がおり困惑する。同時に手の痛みを覚えて、先程の乾いた音がキャロラインを叩いた音であることを認識した。


 母親はまるで汚物を払うかのように、キャロラインを叩いた手を侍女から差し出されたハンカチで拭うと、呆然とする彼女の脇をすり抜け守るようにアリアナを抱きしめる。

 一部始終を見ていた貴族達は母親である王妃の今の行動で、第三王女キャロラインへの今後の接し方を判断し皆嘲笑を浮かべていた。


 一方、キャロラインの方は何故自分が母親に手を振り払われたのか解らなかった。

 しかし乳母が日頃から口にしていた愚痴と、自分が離宮へ押し込められている環境を鑑みて、両親にあまり好かれていないのだという認識はあった。

 そのため、自分と違い溺愛されているアリアナに嫉妬して、何か危害を加えると思われたのだろうと考え、誤解を解こうと口を開く。


 その背へ怒声が浴びせられた。


「何をしている!」


 背後から聞こえた怒りを露にした声に、キャロラインが竦みあがる。

 振り返ると父王が憎悪の眼差しで睨みつけており、姉兄達も険悪な視線を向けていた。


「みすぼらしい地味な王女でも、王族の端くれとして大切な式典へ参加させたというのに、進行を妨げるとは何事か!」


 式典を妨げたのはキャロラインではなく王妃である。

 さらに正確に言えば幼子とはいえ勝手に歩き回っていたアリアナであり、それを止めなかった父王や周囲の者も同罪だ。


 しかし父王はキャロライン一人を叱責した。


 アリアナを抱いて国王の隣へ戻ってきた王妃を労わるように姉兄達が取り囲む中、キャロラインは一人立ち尽くす。

 家族の輪の中にキャロラインの居場所がないのは明白だった。


 そのことが酷く情けなくて、同時に同じ妹だというのに、無条件で家族から愛を与えられているアリアナのことが羨ましくて妬ましくて、ここで漸くキャロラインは自分も家族に愛されたかったのだ、ということに気が付いた。


 納得と嫉妬、そんな複雑な感情に支配されつつも、ともかく両親へ弁明だけはしておこうと口を開く。

 しかし謝罪をしようとしても声の出し方がわからず、キャロラインは初めて自分がしゃべれないことを知って愕然とした。

 それもそのはず、一方的に愚痴を垂れ流すだけの乳母は、キャロラインからの返答を期待してはおらず、誰も彼女と会話をする者がいなかったのだ。


 謝罪もできずに俯いてしまったキャロラインに、父王は不快感を隠しもせず、母親と姉兄達からの冷たい視線を受けながら式典は終了した。


 逃げるように帰った離宮で、キャロラインは初めて泣いた。


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