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28 過去の出来事2

 自分だけ家族から疎外されていることは知っていた。

 けれど王女という価値もないと面と向かって宣言されたことで、人格や存在さえも無意味な人間になったような気持ちになり、キャロラインは呆然と父王の美しい顔を見つめることしかできなかった。

 その額へ鈍い痛みが襲う。


「何をぼうっとしているの! ご来賓の方の迷惑になるから、さっさと退場しなさい!」


 珍しく近づいてきた王妃が、小声で注意すると共に扇で額を叩いたのだと悟ったキャロラインの心は、ジンジンと痛む額以上に深い傷と虚しさが広がった。

 叱責は小声だったものの王妃の暴力に、周囲の招待客は引き気味になっているようだったが、姉達も兄も冷ややかな視線を向けるだけでキャロラインを気遣う者はいない。

 幼いアリアナに至っては楽しそうに笑っており、キャロラインを殴ったあとで踵を返した王妃は、すぐさま妹の頭を撫でると優雅に微笑みを浮かべた。

 まるでキャロラインなどアカシア王族として認めていないと周囲に誇示するような振舞いに、余計に嘲笑と侮蔑の視線に晒されることとなったキャロラインは、逃げるように大広間を後にするしかなかった。


 大国ローゼリアに意見していらぬ反感は招きたくないという父王の態度は理解できたが、きっとあの失礼な言葉を放たれたのが姉達やアリアナだったならば、断固として反論していただろう。

 美しいと評判のアカシア王族の王女達を妻に迎えるのは、他国にとってはステータスの一つなのだから。

 だがキャロラインが望まれたのは、正妃どころか側妃でもない妾であった。

 そして母親である王妃からの公衆の面前での暴力。


 その事実はキャロラインの王女としての矜持を深く傷つけた。


 たとえ妾として嫁ぐことになっても、せめて自分を強く望んでくれるなら、キャロラインだってまだ希望は持てたはずである。

 だが、あの王子は仕方がないからと言ったのだ。仕方がないから妾にしてやると。

 仕方がない、この言葉に愛はない。


「隔世遺伝だか何だか知らないけれど、仕方がないからお姉さまはここに住むことを許されているのですわよ」

「お姉さまは仕方がないから生かされているのですわ」

「私がお姉さまと呼ぶのも他に呼び方がなくて仕方がないからです」

「お父様もお母様もお可哀想。仕方がないとはいえこんな地味王女を養育しなければならないなんて」


 キャロラインの胸に、時折離宮に来ては蔑んで嗤うアリアナの言葉が今更ながら突き刺さる。

 仕方がないという言葉にあるのはただの義務感だけで、キャロラインに対する愛情は欠片もないことをずっと前から気が付いていた。

 本当はどんなに頑張っても家族から愛されないことを知っていたのに、考えたくなくて放棄していた現実を、見ず知らずの他国の王子に無理やり突きつけられて絶望した。

 同時にキャロラインは王族としても失格で、そんな王女は当然愛すべき対象とはみなされないのだと、家族も含めた全ての人間から否定されたと感じた。

 それは、この先一生自分は誰からも愛されることはないのだと宣言されたようなものだった。


(初めて会った他国の人間からさえ蔑まれるような私を、家族が愛してくれるわけはなかったんだわ)


 そう考えると酷く惨めな気持ちになり、痛む額へ手をやる。

 扇の飾りが当たったせいか軽く切ってしまったようで、指先に薄らとついた赤い血に益々やるせない気持ちは募って、離宮へ向かって歩く回廊の床へ幾つか小さな水跡を作ってしまった。

 それがキャロラインの涙だと解れば、きっとあとで侍女から嫌味を言われるだろう。泣いていたことを心配してくれる人など、この城のどこにもいないのだから。


「私、何のために生まれてきたのかな? 誰にも望まれない私に生きてる価値はあるのかな?」


 漸く離宮へ辿り着くと、虚しさに襲われ膝を折り、ひとしきり咽び泣く。

 ふと顔をあげれば壁に掛けてあった角が欠けた鏡に、栗色の髪の間から虚ろな墨色の瞳をした地味な少女が映っている。

 両親の色を受け継げなかった冴えない姿をいつも以上に見ていたくなくて視線を逸らすと、不意に足元へ柔らかい何かが触れた。


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