27 過去の出来事1
蔑むような視線でキャロラインを見る姉兄達。
「本当に私達と同じアカシア王家の血を引いてるの? みっともないわね」
「貴女みたいな役立たずな子が妹だなんて、恥ずかしいから近寄らないで」
「どうしてお前だけそんなに地味なんだ? 目障りだから消えろ」
「みすぼらしいお姉さまは誰にも愛されない運命なのよ。可哀想ね」
くすくすと嗤う侍女達。
「キャロライン様は侍女の私達より地味ですわね」
「引きこもってばかりで、役立たずの地味王女とは言い得て妙ですこと」
「そんな美しくない容姿は、我が国の王族に相応しくありませんわ」
視線さえ合わせてくれない両親。
「お前を見ると不快になる。視界に入るな」
「貴女を産んだことは私の唯一の汚点です。汚らわしい」
投げつけられた尖った言葉に曖昧な作り笑いを返して、聞こえなかった振りをして、消え入るように頭を下げ続けて、一人、部屋で蹲った幼い頃のキャロラインは決まって泣き出す。
「ごめんなさい、ごめんなさい。誰にも見られないようにするから。ちゃんと言うことをきくから。だから誰か私を愛して……私を見て」
非難されるのは悲しい、侮蔑されるのは辛い、否定されるのは嫌だと、泣きながら訴えても、それは虚空の彼方に虚しく響くだけで誰の耳にも届かない。いや、たとえ届いたとしても受理されるわけもなく、キャロラインは常に一人ぼっちだった。
ああ、またあの嫌な過去だ。
そう夢の中のキャロラインが認識する。
最近は夢にみることが少なくなっていた、アカシア王国での日々。
心無い言葉にただ項垂れることしか出来なかった幼い頃の自分。
それでも家族に愛してほしくて顔色を窺うように過ごしていたキャロラインの心は、王城へ招待されていた他国の王子が言い放った言葉にぼっきりと折られたのだった。
「アカシア王国の王女だというのに随分地味な女だな。これでは政略結婚の相手としても使えんだろう。仕方がないから私が妾としてもらってやる。醜いケモノよりはマシだからな」
その日は国をあげての式典後に夜会が執り行われており、居並ぶ他国の招待客や貴族の中で、放たれた悪意だらけの言葉に周囲から失笑が漏れた。
どうせ今夜も誰にも相手にされないと、窓の外に広がる夜空に浮かんだ星々を、心の中で綺麗と呟いて現実逃避をしていたキャロラインを除いて。
この大陸では一夫一妻制が基本であり、側室は子ができない場合や身分違いの恋人を囲う場合など、特殊な事情がある時に限って内々で黙認されているに過ぎない。妾に至っては戦利品として人質を娶る際の扱いだ。
つまり、いくらアカシア王国が弱小とはいえ、敗戦国でもない王女を正室どころか側室にも劣る妾にするなど失礼極まりない話だし、それ以上に獣人を侮蔑する『ケモノ』という言葉を公式な場で使用するなど本来許されないのである。
だが、発言をしたのが大国ローゼリアの成人前の王子だったことと、獣人国から式典へ参加していたのがトスカーナ王国の王族のみで、その王族がたまたま夜会を欠席していたため、王子の発言を糾弾する者はいない。
先程までぼんやりと夜空を眺めていたキャロラインは、いきなり貶められ嫌な注目を浴びてしまったことで、咄嗟に縋るように両親の方を見つめた。
視線の先では、さすがに引き攣った顔をした父王と王妃がいて、キャロラインは少しだけ安堵する。
しかし助けてくれるのかと淡い期待をしたキャロラインの願いは、無残にも打ち砕かれた。
「ローゼリア王国アデルセン王子におかれましては、地味な娘を王女だと皆さまへお知らせするための余興をしていただき、ありがとうございます。王子のような素晴らしい方の妾になれるならば光栄でございます。尤も、お恥ずかしながらアレは王族と名乗ることも烏滸がましい地味な容姿をしておりますので、獣人のような雄々しく華やかな方々と比べては失礼に値するでしょう」
にこやかに微笑む父王は年を経ても輝く銀髪が若々しい印象を与える。青い瞳も宝石のように美しく甘いマスクを際立たせているが、その口から紡がれる言葉にキャロラインを思い遣る節はない。
「王女ながら地味で貰い手がないだろうと危惧しておりましたので、アデルセン王子の有難い申し出に感謝を申し上げます。しかしアレは見た目も地味な上に中身も出来損ない。国へ貢献している他の姉兄達とは違い、ずっと離宮にひきこもっている役立たずでございます。よってこれから然るべき教育を施した後に王子のお気持ちが変わりなければ、すぐにでも妾として差し上げましょう」
あろうことか父王は王子の言葉を否定するどころか、追随してキャロラインを貶めることでその場を丸く収めたのだ。




