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26 間違い

 図書室にも寄らず、いつもより随分早く戻ってきてしまったから掃除か何かの途中なのだろうと察して、入室すべきかどうか逡巡する。

 少し扉を開けてしまったが侍女達は気づいておらず会話は途切れない。


「最近の王太子殿下は元気がないわよね」

「それってやっぱり、人族の王女と婚約したせいじゃない?」


 侍女の言葉に、ドキリとキャロラインの心臓が早鐘を打つ。


「あ~、それね、番って話だったけど、違うみたいよ」

「え!?」

(えっ!?)


 1人の侍女が発した言葉に驚いたもう1人の侍女と、キャロラインの心の中の声が重なる。


「だってまだお手付きもないみたいだし」

「嘘!? だって婚約したんでしょう? 一つ屋根の下にいて番に手を出さないなんて有り得ないわ」

「そうでしょ? だから間違えたんじゃないかって噂なの」

「番を?」

「それしか考えられないじゃない」

「ゴホンッ!」


 ドアノブを握りしめたまま立ち尽くしているキャロラインを不審に思ったのか、いつの間にか側に来ていた護衛が盛大にした咳払いに、部屋の中の侍女達の会話がピタリと止まる。

 青褪めた顔でこちらを向いた侍女たちは、キャロラインを見ると気まずそうに目を逸らし、そそくさと退出していった。


「キャロライン様、先程の話は侍女達のたわいもない与太話ですので、お気になさることはありません」

「……」


 普段滅多に話しかけることのない護衛が真っ青な顔で釈明してくるが、頭を殴られたかのような衝撃を受けたキャロラインは小さく頷くので精いっぱいだった。


 心配そうに青い顔をした護衛を下がらせ、キャロラインは一人自室のソファへ腰かける。


「私は、ハルト様の番じゃ……ない?」


 絞り出すように呟いた自分の言葉に、キャロラインは足元が崩れるような感覚に襲われる。

 あんなに愛を囁かれた後に今更間違いだったと言われても、どうしたらいいか解らず身体の震えが止まらない。


 確かに獣人の中には番を間違う者がいる。獣人同士なら滅多にないが片方が人族の場合だとごく稀にあるらしい。

 獣人は番を匂いで判別しているため、番が触った服などを着ていると誤認してしまうのだそうだ。

 そういう場合は判明した時点で慰謝料を渡し離縁する。獣人にとって人族との結婚は番でなければ意味がないから別れるのに躊躇いはないのである。


 結婚までした相手と間違いだったからと躊躇いなく離縁できる獣人の気持ちは、番がわからない人族のキャロラインには理解ができないものだった。

 だがその話を王太子妃教育の合間に教師から聞かされた時、番が何より大切で、その他の者はいらないという彼らの潔さは徹底しているなと感心したものだ。

 自分が当事者にならなければ。


 しかしキャロラインは曲がりになりにも一応は王女である。

 婚約は国の意向があり、そう簡単には破棄できない。

 それにアカシア王国の父王は、厄介払いできた地味王女が間違いだったからなどという理由で帰ってくることを許さないだろう。


「一体、私はどうなってしまうのかしら……」


 間違えたということは、リーンハルトの番はキャロラインに近しい人の中にいたはずだ。

 そしてそれは父親が危惧した通りアリアナの可能性が高い。

 あの日キャロラインが着ていたドレスはアリアナの寝間着だったのだから、リーンハルトが間違えるのも無理はないのである。


 勿論まだアリアナが番だという確証はない。

 王宮に仕える侍女の可能性もあるし、アリアナはよく嘘を吐くので、そもそもあのドレスが本当に妹の寝間着だったかはわからないのだ。しかしアカシア王国を離れたキャロラインにはそれを調べる術がなかった。


 それに今はリーンハルトの番が自分ではなかったという、その事実の方がキャロラインの胸を突き刺していた。


(ハルト様はまだあの庭園にいるだろうか?)


 瞼に浮かぶのはモフモフに顔を埋めるリーンハルトの至福の笑顔と、嬉しそうに揺れる彼の尻尾。

 特注で作らせたであろう尻尾が彼のモフモフへの思慕と、間違えた番である自分には触れたくない証のように思えて唇を噛む。


 トスカーナ王国へ到着してから会える時間が減ったとはいえ、今でもリーンハルトは出会った頃と変わらず十分に優しい。

 しかしその優しさが番を間違えた罪悪感からくるものに変わっていたらと考えると、怖くて怖くて仕方がない。

 リーンハルトを信じたい。

 けれど、信じて裏切られるのは、最初から捨て置かれるよりも辛い。

 キャロラインの心臓は鉛のように重くなり、呼吸は浅く眩暈がする。


「こんなに好きになってしまったのに、やっぱり私は愛してもらえないの……?」


 漸く自覚した恋心と共にポツリと呟いた言葉は、聞き取れないほどか細く小さな声だったのに、ひどくキャロラインの心を揺さぶった。


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