24 リーンハルトの奇行1
祖国を追い出されるように決められた婚約だったが、自分だけを愛するというリーンハルトの言葉は、家族から出来損ないと揶揄されながらも愛情を求めていたキャロラインの心を温かく満たしてくれて、彼と出会ってからまだ一ヶ月程しか経っていないのに強く惹かれてしまっている自覚があった。
しかしまさか想像だけで嫉妬してしまうなんて、とキャロラインは赤くなる。
幸い、護衛は少し離れた所で待機してくれているので、赤く染まった頬を見られないようにしながら、キャロラインは再び城内を見渡して、困ってしまった。
何故なら、ちょっと目のやり場に困る光景が映っていたのだ。
キャロラインの視線の先には、巡回の兵士と侍女らしき2人が柱の影で抱き合っていた。
護衛は見張り台の入り口で控えているので角度的に見えないだろうが、見張り台の手摺の所まで来ているキャロラインからは丸見えなのである。
こちらもデバガメのような真似をしているので、咎める気などはさらさらないが、いくらアバウトな警備だからと言って見廻りをサボったら大目玉だというのに、いい度胸だなと苦笑していると、彼らはフサフサの尻尾を擦り合わせだした。
途端に微笑ましかった気持ちが霧散する。
「モフモフは万人共通の癒しですからね」
そう言って嘲るように笑った女官長の顔を思いだして、キャロラインの気持ちは沈んでいった。
この城に連れられてきてすぐ、女官長だと紹介された彼女の顔には、明らかにこんな人族の小娘の世話などごめんだと書いてあった。
王族に近い公爵家の出身のため白狼の血を受け継ぐ女官長は、リーンハルトやギースの前では終始笑顔を浮かべ上手く誤魔化していたようだが、彼らが去った後は雪のように真っ白な白い尻尾を逆立て、嫌悪を隠しもしなかった。
王太子妃教育の合間に用意された紅茶は渋く、リーンハルトがキャロラインのために用意したというお菓子は悉く奪われた。
宝飾品は足が付くためか盗られなかったが、リーンハルトからプレゼントされる度に苦々しい顔をしていた。
キャロラインにしてみれば自分で雨水を沸かして野草茶を飲み、お菓子など口にしたことがなかった過去に比べれば、嫌がらせとも言えないような嫌がらせであったが、トスカーナ王国に来るまでに優しくされることに慣れてしまったせいで、明らかな悪意に少しだけ傷ついていた。
一方で女官長は、嫌がらせをしても何も言い返してこないキャロラインに面白くないような表情をしていたが、事あるごとに獣人の素晴らしさと人族をこき下ろす話をしてきた。
それはそれで勉強になるのでキャロラインは放置していたが、その話の中で尻尾を擦り合わせるのは獣人の求愛行動だということを聞いたのだ。
自分の尻尾を誇らしげに揺らしながら、キャロラインを蔑んだ瞳で見下した女官長の顔が頭に浮かんで、護衛に聞こえないように小さく愚痴を零す。
「私にもモフモフがあったら良かったのに。人族はどうして尻尾も耳もないのかしら。ハルト様も求愛行動ができない私が番で、がっかりしていたらどうしよう」
溜息を吐いて視線を違う方向へ移す。
すると、今まさに思い浮かんだ愛しい婚約者の姿を見かけたような気がして目を凝らした。
庭園の片隅に何かの包みを持って現れたのは、紛れもないリーンハルト。
その姿に、沈んでいた気持ちが浮上してキャロラインは顔を綻ばす。
普段なら執務中で会えない時間帯の姿を見られる嬉しさと、秘密を覗いているような悪戯心と好奇心で、手摺から少しだけ身を乗り出して彼を見つめる。
キャロラインが上から覗いていることなど知らないリーンハルトはツカツカと歩みを進め、人気がないベンチへ腰掛けると包みを広げた。
そして中から出てきたものを確認して辺りを見回すと、勢いよくそれに顔を埋める。
その光景を見たキャロラインは、弾んでいた心が急速に凍りついたのだった。




