22 トスカーナ王国にて1
獣人が住む国、トスカーナ王国。
数週間前に無事にトスカーナ王国の王宮へ到着したキャロラインは、まず真っ先にリーンハルトの両親である国王夫妻へ挨拶を済ませていた。
こんな地味で役立たずの自分が番と判明したため王太子の婚約者になってしまい、機嫌を損ねていないかと不安だったが、キャロラインの予想に反して国王も王妃も歓迎してくれているようだった。
トスカーナ王宮までの道中、ずっとリーンハルトと会話をしていたこともあり澱みなく挨拶が出来たことも功を奏したのだろう。
リーンハルトそっくりな琥珀色の瞳をした国王は、地味なキャロラインを見ても蔑みの色を浮かべなかったし、王妃に至っては長い白銀色の尻尾を嬉しそうにブンブンと揺らしていた。
そのことに安堵したキャロラインが隣に立つリーンハルトに眉尻を下げると、彼の尻尾までブンブンと王妃と同じように揺れ出すので、撫でまわしたい衝動を抑えるのが大変だった。
「いつか、もっと親しくなれたら触らせてもらえるかしら」
国王夫妻への挨拶が済んだ後、アカシア王国の自分の離宮とは比較にならない豪華な部屋を自室として宛てがわれたキャロラインはポツリと呟いた。
独り言の声量はアカシア王国にいた時と変わらないはずなのに、広い部屋のせいか消え入るように溶けてしまった願望にキャロラインはハっとした。
リーンハルトに溺愛されるうちに、随分と大それた願いを抱くようになってしまった自分を戒めるが、彼を思い出すと幸せな気分になるのは否めない。
「ハルト様……」
名前を口にしただけで鼓動が忙しくなって、キャロラインを甘やかしてくれるリーンハルトの優しさに、頭までどっぷりと浸かってしまいたくなる。彼の全てを信じてしまいたくなる。
だが捨てられたらと考えると、あと一歩が踏み出せない。
幸せなはずなのに不安になるのは、キャロラインが諦めることに慣れてしまったからだろうか。
「早く役に立てるように頑張らなきゃ……」
自重するように自分に言い聞かせたキャロラインは、豪華すぎて慣れないフカフカのベッドの隅で小さく丸くなると、ひっそりと眠りについたのだった。
リーンハルトは王太子ということもありトスカーナ王国へ到着してからは忙しそうで、馬車での移動中のようにキャロラインと終始一緒というわけにはいかなかった。
食事も夕食を一緒に摂ることが出来ればいい方で、就寝前の挨拶だけは無理やり時間を作ってくれているようだったが、それ以外で顔を合わせる時間は皆無といってよかった。
それでも毎朝キャロラインの部屋へ花束や宝飾品などのプレゼントを贈ってよこし、彼の溺愛ぶりは健在だった。
一方キャロラインも自身が望んだ通りに王太子妃教育を受けさせられたが、アカシア王国で行っていた執務に比べるとだいぶ少なく内容もそれほど難しいものはなかったので、数日間の教育で澱みなく理解していることを示すと教師達は目を丸くした。
人族だからと侮るような様子を見せていた教師もいたが、教育がより高度なものへ推移しても難なく熟すキャロラインを見て、次第に彼女に接する態度は軟化していった。
恙無く王太子妃教育が進めばおのずと空いた時間もでき始める。
余暇は自由に過ごしていいと言われ最初は戸惑ったキャロラインだったが、獣人について机上ではなく素の彼らの様子が知りたくなって城内を散策してみた所、王城の一番高い塔の更に上へ設置された見張り台を見つけた。
王太子の婚約者になったとはいえ、人族のキャロラインへ積極的に関わろうという獣人はいない。
リーンハルトや国王夫妻は優しく接してくれるし、ギースは会えば微笑んでくれるが、他の護衛や侍女は目も合わせてはくれなかった。
モフモフ好きのキャロラインにとって、獣人の耳や尻尾はいつまででも眺めていたい代物だったが、あからさまに自分を避ける相手を見続けるのは申し訳なくて出来ない。
勿論アカシア王国にいた頃に比べれば待遇に天と地ほどの差があり、不満などあるわけがない。
けれども一人除け者にされる寂しさを思い出すと、心が冷たい何かに襲われた。
だから心の平静を保つため、黒曜石の城を一望でき、あまり人が寄り付かない見張り台は、すぐにキャロラインのお気に入りの場所になったのだった。