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20 近づく距離1

 大国トスカーナは国土も広い。

 国によって王都がある場所が必ずしも国土の中心というわけではないが、王城から僅か1日程で国境を越えてしまったアカシア王国とは違い、トスカーナ王国は5日揺られてもまだ王都へ辿り着いていなかった。

 だが街道は整備されていて揺れは少なく、適度に休憩も挟んでくれているため、キャロラインは快適な馬車の旅を過ごすことができていた。


「そろそろ次の休憩場所に到着します。この街にはチョコタルトの美味しいカフェがあるそうですので一緒に行きましょうね」


 流石に膝の上はあの日以来遠慮しているが、すっかり隣同士で座ることが定着した馬車の中で、リーンハルトはキャロラインの栗色の髪を弄びながら微笑んだ。

 一方、キャロラインはカフェという聞きなれない言葉に瞳を瞬かせる。それに式典でチョコタルトを目にしたことはあっても口にしたことはなかった。


 この旅の道程でキャロラインは美味しい食事というものを初めて味わい、食べ物は栄養を摂るだけの物ではないということを認識した。

 今までは残飯や腐りかけの食材、文官達が時折置いていってくれる菓子やパンしか食べたことがなかったので仕方がないが、初日の昼食で初めて温かい食事を食べた時に、世の中にはこんなに美味しい食べ物があるのだと感動で泣きそうになってしまったのだ。


「あの……あ、温かい食事って……美味しいんですね。それに誰かと一緒に食べられるのって楽しいです」


 そう言ったキャロラインにリーンハルトの方が何故か泣きそうな顔になったが、それ以来食事の時間を長くとれるように指示をすると、様々な食べ物を提供しては彼女の反応を観察するようになった。

 空腹を満たし栄養がとれれば何でもいいと考えていたキャロラインは特に苦手な食べ物はないと思っていたが、辛い物や苦い物を食べた時には少し表情が強張り、逆に甘い物を食べた時には眉尻が下がる。

 溺愛するキャロラインの微妙な表情に気づいたリーンハルトが、彼女が喜びそうなデザートの店をリサーチしないわけがなかった。


 そんなわけでカフェへ連れてこられたキャロラインは、運ばれてきたチョコタルトを食べて目を丸くした。


 少し固めのナッツ入りスポンジの上には生クリームとチョコムースが半分混ざって絞られ、ザクザクとした周りのタルト生地と一緒に食べると口の中にチョコレートの風味が広がる。触感もフワ、カリ、サクっと複雑なハーモニーが楽しめ、生クリームも甘すぎず舌の上で溶けてゆく。

 この旅で口にした食べ物は全て感動的に美味しかったが、わざわざリーンハルトが立ち寄るだけあって、このチョコタルトは別格の美味しさだった。


「美味しい」


 思わず呟いてしまったキャロラインに、カフェでも正面ではなくすぐ横へ座っていたリーンハルトが嬉しそうに瞳を細める。


「お気に召してくださって良かったです。キャロライン王女が喜んでくださると私も嬉しいです」


 リーンハルトの笑顔に、キャロラインは恥ずかしそうに微笑み返すが、端正な笑顔の頭上でピコピコと動く可愛い耳に、悶えてしまいそうになった。


(顔は格好いいのに耳が……可愛い! 触りたい! モフりたい!)


 これ以上彼の魅惑の耳を見ていたら欲望のままに撫で繰り回してしまいそうで、キャロラインが視線を外す。

 ふと遠くの席で一組の男女が、仲良くお互いの名前を呼び合いながら談笑している光景が目に入った。


 街のカフェに立ち寄るためか普段よりラフな格好をし、王太子という身分も明かさなかったリーンハルトだが、気品ある立ち居振る舞いと珍しい白銀の耳と尻尾から彼が王族であることは隠しきれなかったようで、店の者の判断で二人の席の周辺からやや離れた席に他の客は通されているようだ。


 空いた席越しに見える二人は遠目から見ても仲睦まじそうだったが、自分にはとても真似はできないと内心で溜息を吐く。

 ここ数日ですっかり溺愛してくるリーンハルトに願えば了承してくれそうな気もするが、自分から何かを強請ったことがないキャロラインにとって、誰かに何かをお願いすることは高いハードルだった。

 だが幸せそうに笑い合う二人がお互いの名前を呼び合う度に、リーンハルトから王女と呼ばれる自分はまだ彼との間に壁があるような気がして、それが何だかモヤモヤする。


「で、殿下、あの……ご提案と言いますか、お願いといいますか、その……」


 気づいた時には口を開いてしまっていたが、勇気が出ずに言葉は続かなかった。

 だがキャロラインが吃っても、言葉に詰まっても、リーンハルトは微笑みを向けるだけで急かしたりはしない。

 謁見の間で初めて会った時もただニコニコしながら、気長に待ち続けてくれていたように、今もまた静かにキャロラインを見つめて待ってくれている。

 その優しい笑みに背中を押され、キャロラインは意を決して続きを口にした。


「こ、婚約したのですから私のことは王女ではなく、呼び捨てにしてくださいませんか?」

「え!?」


 浮かべていた微笑を消してピタリと動きを止めると、頭上にある耳をピーンと逆立て驚愕の表情になったリーンハルトに、キャロラインの心が萎んでゆく。

 彼の優しさを真に受けて図に乗った発言をした自分が恥ずかしくなり、同時に余計なことを言って嫌われてしまったかもしれない恐怖に怯えた。


「も、申し訳ありません。出過ぎたことを申しました」


 真っ青になって俯き謝罪するキャロラインに、我に返ったリーンハルトが瞬きを繰り返す。


「え? どうして謝罪を? ああ、そんな悲しい顔をしないでください。また死にたくなってしまいますから」


 またしてもメンヘラ発言をしたリーンハルトだったが、その表情はすっかり蕩け切っていて、キャロラインの頬へ手を伸ばすと、俯いていた彼女の顔を優しく上向きに誘導した。


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