19 甘すぎる婚約者4
色々あったので忘れていたが一気に羞恥が込みあげてきて、慌てて降りようとするキャロライン。だがリーンハルトは笑みを浮かべたまま、がっちりと掴んで決して離してくれない。
困惑するキャロラインを他所に、リーンハルトは彼女を横抱きしたまま器用に馬車の外へ出てしまった。
居た堪れないやら恥ずかしいやらで真っ赤になってしまったキャロラインだったが、そこへ呆れたような声がかかる。
「キャロライン王女が困っていますので、いい加減解放してさしあげてください」
馬で先回りしたのか、宿泊先と見られる建物の前で待っていたギースの言葉にリーンハルトが弾かれたように、腕の中のキャロラインを見つめる。
「え? キャロライン王女は困っているのですか?」
「こ、困っているというか、は、恥ずかしくて……」
涙目で答えたキャロラインに、リーンハルトが本日何度目かの天を仰いだ。
「くっ! 可愛すぎて辛いです。ですが貴女のそんな表情をこれ以上他人に見せたくはありませんので、今は諦めましょう。忸怩たる、断腸の、悲痛な思いではありますが……」
慚愧の言葉を吐きながら渋々ではあるがリーンハルトが漸く降ろしてくれたことで、キャロラインは安堵しつつも彼の体温が感じられなくなったことに少しだけ寂しくなる。
その気持ちがよくわからなくて戸惑うキャロラインの手が、ふわりと優しく包まれた。
「横抱きも良かったですが、手を繋ぐのもいいですね」
嬉しそうに微笑むリーンハルトにキャロラインも嬉しくなる。
リーンハルトにしてみれば勝手に手を繋いだことで嫌がられるかもという不安があったが、キャロラインが嬉しそうに微笑んだのを見て、一気に上機嫌&牽制モードに入った。
手を繋ぎながらリーンハルトはキャロラインへ尻尾を摺り寄せる。
そんな主にギースは遠い目になっていた。
獣人が尻尾を擦り寄せる行為には意味がある。
現に従者や御者などはあからさまに頬を赤らめ視線を逸らしている。
人族であるキャロラインだけが気づいていないようで、素直に嬉しそうにしていたが、ギースの前まで来ると頭を下げた。
「ギ、ギース様、お出迎えありがとうございます。お店のこともお任せしてしまって、お忙しかったでしょう? お手数おかけしました」
キャロラインの言葉にギースは瞳をパチクリとさせる。
人族は獣人を見下すことが多く、中でもアカシア王国の者は獣人を毛嫌いしていることで有名だというのに、キャロラインにその様子は見られない。
話しかける時に緊張しているようなので、面従腹背なのかとも考えたが、ドレス選びの際に店の者達の耳や尻尾を羨望の眼差しで見ていたことから察するとそれも違う気がする。
リーンハルトの番が人族と聞き強引に婚約を結んだ時には心配していたが、今は相手が彼女でよかったのかもしれないと、クイッと眼鏡を持ち上げ笑みを浮かべた。
「いいえ、それが私の仕事ですから。お気遣いありがとうございます」
ギースの返事が終わらないうちに、キャロラインはグイッと繋いでいた手を引き寄せられる。
そのまま空いた手で腰を抱いたリーンハルトは、まるで威嚇するように剣呑な視線をギースへ向けたが、キャロラインは恥ずかしそうに頬を染めると、羞恥を紛らわすかのようにギースへ訊ねた。
「あ、あの、獣人の方は皆さんこんな風に番の方へ接するのですか?」
キャロラインの質問にギースは苦笑する。
「獣人にとって番は絶対ですから。……ただ我が主はメンヘラな上に執着が強すぎるストーカー仕様なので特別厄介ですけどね」
「ギース、余計なことは言わないでください」
「はいはいはいはいっと。それではキャロライン王女もお疲れでしょうから、本日の宿舎へご案内いたしますね」
リーンハルトが途中で被せてきたためギースの言葉は後半がうまく聞き取れなかったが、やはり獣人にとって番は絶対なのだとキャロラインは再認識した。
途中で言葉を遮られる形となったギースはリーンハルトへ胡乱な眼差しを向け適当に返事を返すと、キャロラインへ微笑み、そのままくるりと背を向けてスタスタと建物の入り口の方へ歩き始めてしまった。
ギースはリーンハルトへ接する態度が時々雑になる。
アカシア王国でも見た光景だが、今も不敬ではないかとキャロラインはヒヤヒヤしてしまう。
この気安い主従関係が獣人国の流儀なのかとも考えたが、他の従者は概ねリーンハルトとは一定の距離と敬意を持って接しているので、ギースだけが特別なのだろう。
(特別か……)
前を歩く灰色の尻尾を見ながら、キャロラインの胸はなんだかモヤモヤし始める。
リーンハルトにとって特別な存在のギース。
だが番の自分だって特別のはずだ。
ただギースは番ではないのに特別になり、自分は番だから特別になれただけの存在。
きっとリーンハルトがキャロラインに甘いのも番であるからだ。
そう考えると嬉しい反面、ツキツキと心に何かが刺さる。
『理性が本能を凌駕したら?』
アリアナの言葉がグルグルと頭を巡る。
「番とはそれほど重要なものなのですね」
頭のモヤモヤを打ち消すように、歩きながらついポツリと呟いたキャロラインに、リーンハルトは足を止めると、繋いでいた手に力を籠めた。
「誤解しないでくださいね。番であることは勿論重要ですが、私は貴女が良かった。私はキャロライン王女だからこそ婚約したのです」
離さないとばかりに繋いだ手の力とは反比例して耳元で請われるように甘く囁かれ、キャロラインの心臓が煩いくらいに鳴り響く。
リーンハルトが臆面もなく溺愛してくることが恥ずかしいのに嬉しくて、夢ではないかと不安も覚えたが、キャロラインの心配など吹き飛ばすように、リーンハルトのとんでもない甘さは日を追うごとに加速し続けるのであった。




